先月末で完成した五右衛門風呂が大好きで、
バイトの休みさえあれば毎日のように入ってる。
真っ暗ななか、月明かりに照らされて、星空見上げて、波の音を聴いて。
ほんと贅沢な時間。
幸せな時間。
大切な時間。
つくっていた時のことを思い出しながら
一緒に作った人のことを思い浮かべながら
これから入ってくれる、入ってほしい人たちのことを想像しながら。
ぼーっとぼーっと。
今日は「活きる」っていうのはどういうことなのかっていうことをぼーっと考えてた。
ついこないだいつも畑のことをはじめいろんなことを教えてもらってるあきおさんとも話してたこと。
ぼくらはいかされいきてる。
畑に出て土をさわってると感じる。
毎日毎日晴れの日も雨の日も、朝も夜も、虫や病害にさらされながらも、野菜たちは根をはり息をしてただただまっすぐまっすぐより環境に適した強い子孫を残すためにいきてる。
野菜たちにも歴史がある。
鶏たちにご飯をあげたり遊んだりしてるなかで感じる。
こいつらがひよこからぴよぴよ言いながら頑張って大きくなって産む卵が食卓に並ぶ。
鶏たちにもストーリーがある。
五右衛門風呂をつくって自分で火起こしして感じる。
材料にした瓦やレンガにも誰かの手が加わってること。
火があたたかいこと。炭がきらきらきれいなこと。
ものにも思いがある。
エネルギーにもあたたかさや安らぎがある。
いろんなものや命や人からいろんなものをいただいて今がある。
自分がなににいかされてるのか。
自分がなにの上に成り立っているのか。
誰かの思い、誰かの支え、誰かの言葉。
そういうものがちょっとでも見えてくると自分がいきていることを知り感じることができるのかな。
ただ心臓が動いて「生きる」だけじゃなくて
心が感じて「活きる」。
オープンに向けて作りこんでるなかで
もちろん続けるために考えなきゃいけないことはたくさんあるけど
やっぱりただ雰囲気が良くてただ宿泊する場所としてではなく
そういうことがちょっとでも見えて自分の生活に何かを持ち帰れる場所でありたいな。
そんなことをぼーっと思い返してた五右衛門風呂でのひとときでした。
osp
2014年11月28日金曜日
2014年6月1日日曜日
庭づくり進行中。
おひさしぶりです。
おひさしぶりになってしまいましたけども、
ゲストハウスづくりは今年の夏に向けてしっかり走り続けてます。
あったかく、いやもう暑いほどの5月のスケジュールは外回りの整備を目標として組んできました。
隣家との間に島の竹を切り出してきて竹垣をつくったり。
今日はそんな外回りの整備の中でも現在進行中の庭づくりについて。
みんなが集まる居間に面してる庭。
春には桜の花が咲いてさくらんぼの実もつける。
そこに彩りを加えてほっとするような景色をつくりたいというのが最初の思い。
でも「庭でストーリーをつくることができるんやで」とアドバイスをもらって、
ただの庭じゃなくてこの島の魅力が少しでもわかるような庭をつくりたいという思いに深まった。
そこからはどんなストーリーを描くかを練って、
色合いはどうするかをクレヨンでノートに描いて、
じゃあどんな花を植えるのかを苗屋さんに見に行って考えて。
庭の雑草や水仙を抜いて掘り返して。
花や造園に関してはド素人。
自分で見て考えてイメージして土を触って。
でもそうする中でしかわからないことはたくさん。
庭の土はどんなかんじなのか、どんな植物や虫が生きているのか、一日の流れのなかでどう変わっていくのか、とかとか。
それからまたアドバイスをもらって。
島で去年の芸術祭ではカフェを営業してたあきおさんの専門は造園。
あきおさんの植物に対する考え方に影響されて畑や庭をやりたいと思った。
その考え方は「いかに植物を活かすか」ということ。
効率や形や見た目じゃなくって、植物や土の本来の力を活かして生かしてやるかが根本にあるんです。
人間本位じゃないあきおさんの教え方には命を感じる。
そんな人がそばにいてくれて考えさせてくれて教えてくれてってするのはほんとに幸せなことだなって思う。
だから土をさわって命にふれることも幸せに感じれる。
そんな過程のなかで、描いた庭のイメージは『夕焼けの海』。
ゲストハウスの目の前に広がる浜で夕方に見える景色を庭でつくりたい。
夕日から海をつたってはしる光の道を花で演出したい。
やりたいと思ったら欲張りでもやりたいんだ。
今日は大阪から来てくれてるまりちゃんと一緒にそんなイメージの土台づくり。
花が苦しまないように、けど甘やかさず自分で立っていけるように根張りのこと、水はけのこと、横に立ってる桜の木のこと、丁寧にアドバイスをもらいながら、まずは斜面になってた土台を平にしてから、波をかたどる畝たて。
高さや間隔がずれるだけでも根張りや水はけが変わってくる。
畝は花が生きていくための大切な土壌だ。
そして早朝から何時間もかけて花たちのベッド、海の波ができた。
こうやって何時間もかけて土台をつくってみて、
まだまだぼくには「花を活かす」ための知識や技術が足りないな。
自分がやりたいっていう自分本位なだけじゃだめなんだな。
思いがあるなら知らなきゃ。
ひとつひとつの花の特性や土の特性を知ってやらないと活かしてあげることはできない。
それは人と同じだ。
命を活かし、生かす。
ぼくのテーマ。
そしてイメージに近づけていくための工程のイメージや思考もまだまだ足りない。
形ばっかりにこだわってちゃいけない。形よりも大事なこと。
畝の高さ・畝感の深さはどうするとどうなるかももっと緻密に考えないと枯らしてしまうことになってた。
「これでいけるかな」とかじゃだめだ。
命を甘くみちゃだめだ。
「こうしたい」ばかりじゃだめだ。
命に自分をおしつけちゃだめだ。
ゲストハウスオープンの前に今こうやって庭で作業をできてよかった。
ほんとに植物にはたくさんのことを教えてもらえる。
できあがるまでやることはいっぱい。
大事に大事に進めていきます^^
この子たちが元気いっぱい花咲かせていきていけるように。
おひさしぶりになってしまいましたけども、
ゲストハウスづくりは今年の夏に向けてしっかり走り続けてます。
あったかく、いやもう暑いほどの5月のスケジュールは外回りの整備を目標として組んできました。
隣家との間に島の竹を切り出してきて竹垣をつくったり。
今日はそんな外回りの整備の中でも現在進行中の庭づくりについて。
みんなが集まる居間に面してる庭。
三週間前くらいまではこんなかんじ。
春には桜の花が咲いてさくらんぼの実もつける。
そこに彩りを加えてほっとするような景色をつくりたいというのが最初の思い。
でも「庭でストーリーをつくることができるんやで」とアドバイスをもらって、
ただの庭じゃなくてこの島の魅力が少しでもわかるような庭をつくりたいという思いに深まった。
そこからはどんなストーリーを描くかを練って、
色合いはどうするかをクレヨンでノートに描いて、
じゃあどんな花を植えるのかを苗屋さんに見に行って考えて。
庭の雑草や水仙を抜いて掘り返して。
花や造園に関してはド素人。
自分で見て考えてイメージして土を触って。
でもそうする中でしかわからないことはたくさん。
庭の土はどんなかんじなのか、どんな植物や虫が生きているのか、一日の流れのなかでどう変わっていくのか、とかとか。
それからまたアドバイスをもらって。
島で去年の芸術祭ではカフェを営業してたあきおさんの専門は造園。
あきおさんの植物に対する考え方に影響されて畑や庭をやりたいと思った。
その考え方は「いかに植物を活かすか」ということ。
効率や形や見た目じゃなくって、植物や土の本来の力を活かして生かしてやるかが根本にあるんです。
人間本位じゃないあきおさんの教え方には命を感じる。
そんな人がそばにいてくれて考えさせてくれて教えてくれてってするのはほんとに幸せなことだなって思う。
だから土をさわって命にふれることも幸せに感じれる。
そんな過程のなかで、描いた庭のイメージは『夕焼けの海』。
ゲストハウスの目の前に広がる浜で夕方に見える景色を庭でつくりたい。
夕日から海をつたってはしる光の道を花で演出したい。
やりたいと思ったら欲張りでもやりたいんだ。
今日は大阪から来てくれてるまりちゃんと一緒にそんなイメージの土台づくり。
花が苦しまないように、けど甘やかさず自分で立っていけるように根張りのこと、水はけのこと、横に立ってる桜の木のこと、丁寧にアドバイスをもらいながら、まずは斜面になってた土台を平にしてから、波をかたどる畝たて。
高さや間隔がずれるだけでも根張りや水はけが変わってくる。
畝は花が生きていくための大切な土壌だ。
そして早朝から何時間もかけて花たちのベッド、海の波ができた。
こうやって何時間もかけて土台をつくってみて、
まだまだぼくには「花を活かす」ための知識や技術が足りないな。
自分がやりたいっていう自分本位なだけじゃだめなんだな。
思いがあるなら知らなきゃ。
ひとつひとつの花の特性や土の特性を知ってやらないと活かしてあげることはできない。
それは人と同じだ。
命を活かし、生かす。
ぼくのテーマ。
そしてイメージに近づけていくための工程のイメージや思考もまだまだ足りない。
形ばっかりにこだわってちゃいけない。形よりも大事なこと。
畝の高さ・畝感の深さはどうするとどうなるかももっと緻密に考えないと枯らしてしまうことになってた。
「これでいけるかな」とかじゃだめだ。
命を甘くみちゃだめだ。
「こうしたい」ばかりじゃだめだ。
命に自分をおしつけちゃだめだ。
ゲストハウスオープンの前に今こうやって庭で作業をできてよかった。
ほんとに植物にはたくさんのことを教えてもらえる。
できあがるまでやることはいっぱい。
大事に大事に進めていきます^^
この子たちが元気いっぱい花咲かせていきていけるように。
2014年4月14日月曜日
春。振り返りと始まりの季節。
この島に来てから2回目の春。
あっという間に一年が過ぎたなぁ。
ほんとに時がたつのはあっという間だ。
僕がこの島に初めて来てからもう2年ちょっとが経つんだなぁ。
あっちゅうまだ。
一年の始まりの季節の春を迎えるといろんなことを思い出すから
島にたどりつくまでの経緯を書いてみようと思います。
僕はそもそも国際協力の学部にいて、
「国際協力とか海外で人のために何かやってるってすげぇなぁ」
って思ってた。
だけどもカンボジアを一人旅してるちょうどその時、あの大震災と原発爆発が起こった。
「貧しい」って言われてるカンボジアから、「豊か」って思ってた日本があんなことになってる様をみたんだ。
お金がなくてもニカって夢を語る子どもたちのいるカンボジアから、原発で暮らしを奪われてる日本をみたんだ。
日本に帰ってからも復興がなんとも進まず、政治家は口だけ、大多数の人は他人事、自分も何も出来ない。
何が豊かなんだ?
なんでも揃ってる暮らし、お金さえあれば何でもどこでも手に入れられる、
だけど、欠けてる、大事なもの。
なんだか冷めてるのかな?人の心、近いようで遠い人とのつながり。。。
そんなふうに感じてたころ、香川でボランティアをしてるときこの島と出会った。
この島で自分たち、これからの世代の未来を自分たちの手でつくろうともがいてるひとたちに出会った。
こんなちっちゃな島で少数派であろうと未来を変えるために前を向いてるひとたちに出会えた。
こんな世間知らずのぼくにも誠実に向き合ってくれるひとたちに出会えた。
最初の出会いは強烈なインパクト。
鍋をご馳走になりながらむちゃくちゃ叱られました。
違う道にいってしまいそうなぼくをぼこぼこにしてくれました。
手加減の無い言葉。
初対面であんなに叱られたのは初めてでした。
でも、損得とかじゃなく思いでぶつかってきてくれたからこそ、人に対する誠意を感じたし、人として心から尊敬できて、
この人たちと戦っていきたい、この人たちとこの島でおもしろいものをつくって生きていきたいって思えた。
そしてその人たちがこの島で描く未来が僕が感じてたこの国の違和感を埋めてくれた。
光が見えにくい今の社会のなかで、僕が描きたい未来を照らしてくれた。
何より「人」で、そして次に生まれ育つ世代。
人が活き、そんな社会を次の世代に受け渡していく。
そのひとつのモデルとしてのフィールドにしていくために
ぼくはこの島を自分が生きていきたい居場所に決めた。
これがざっとしたこの島と一緒にやってるチームのみなさんとの出会いの経緯。
そして今、人が活き、人がつながる居場所としてのゲストハウスをつくるためにもがいてる。
人をほんとの意味で活かしたり、人をつなげるってこと、そしてその先にみすえるものは決して簡単なことじゃない。
だけど、僕の好きなパンクバンドは言ってた。
「政治でもシステムでもなんでも全部つくったのは人なんだ。
だから人がそれを変えられないはずなんてないんだ。」
そのとおりだと思う。
そうやって時代はつながれてきたんだ。
より良い時代を、より生きやすい社会を、より豊かな社会を、より幸せな未来を。
そしてこれからの時代をつくっていくのは僕たちの世代だ。
僕たちの世代が次の世代に受け渡していきたいものを考えて、つながって、広げていけたら。
そのためのゲストハウスを。この島から。
なんとしてでもつくりあげたいんです。
僕にとってはゲストハウスができてやっとスタート地点なんだ。
そのために日々ひとつずつ。
みんなが集まる居間もちょっとずつできてきたし。
今日はチームのお兄さんに庭のことでアドバイスもらえたし^^
この島ならではのすーっと、ほっと、わーっとできる空間づくりを。
2年目、より濃い時間を。
今年もあっちゅうまかな。
よし!あしたも大事に。
おやすみなさい☆
あっという間に一年が過ぎたなぁ。
ほんとに時がたつのはあっという間だ。
僕がこの島に初めて来てからもう2年ちょっとが経つんだなぁ。
あっちゅうまだ。
一年の始まりの季節の春を迎えるといろんなことを思い出すから
島にたどりつくまでの経緯を書いてみようと思います。
僕はそもそも国際協力の学部にいて、
「国際協力とか海外で人のために何かやってるってすげぇなぁ」
って思ってた。
だけどもカンボジアを一人旅してるちょうどその時、あの大震災と原発爆発が起こった。
「貧しい」って言われてるカンボジアから、「豊か」って思ってた日本があんなことになってる様をみたんだ。
お金がなくてもニカって夢を語る子どもたちのいるカンボジアから、原発で暮らしを奪われてる日本をみたんだ。
日本に帰ってからも復興がなんとも進まず、政治家は口だけ、大多数の人は他人事、自分も何も出来ない。
何が豊かなんだ?
なんでも揃ってる暮らし、お金さえあれば何でもどこでも手に入れられる、
だけど、欠けてる、大事なもの。
なんだか冷めてるのかな?人の心、近いようで遠い人とのつながり。。。
そんなふうに感じてたころ、香川でボランティアをしてるときこの島と出会った。
この島で自分たち、これからの世代の未来を自分たちの手でつくろうともがいてるひとたちに出会った。
こんなちっちゃな島で少数派であろうと未来を変えるために前を向いてるひとたちに出会えた。
こんな世間知らずのぼくにも誠実に向き合ってくれるひとたちに出会えた。
最初の出会いは強烈なインパクト。
鍋をご馳走になりながらむちゃくちゃ叱られました。
違う道にいってしまいそうなぼくをぼこぼこにしてくれました。
手加減の無い言葉。
初対面であんなに叱られたのは初めてでした。
でも、損得とかじゃなく思いでぶつかってきてくれたからこそ、人に対する誠意を感じたし、人として心から尊敬できて、
この人たちと戦っていきたい、この人たちとこの島でおもしろいものをつくって生きていきたいって思えた。
そしてその人たちがこの島で描く未来が僕が感じてたこの国の違和感を埋めてくれた。
光が見えにくい今の社会のなかで、僕が描きたい未来を照らしてくれた。
何より「人」で、そして次に生まれ育つ世代。
人が活き、そんな社会を次の世代に受け渡していく。
そのひとつのモデルとしてのフィールドにしていくために
ぼくはこの島を自分が生きていきたい居場所に決めた。
これがざっとしたこの島と一緒にやってるチームのみなさんとの出会いの経緯。
そして今、人が活き、人がつながる居場所としてのゲストハウスをつくるためにもがいてる。
人をほんとの意味で活かしたり、人をつなげるってこと、そしてその先にみすえるものは決して簡単なことじゃない。
だけど、僕の好きなパンクバンドは言ってた。
「政治でもシステムでもなんでも全部つくったのは人なんだ。
だから人がそれを変えられないはずなんてないんだ。」
そのとおりだと思う。
そうやって時代はつながれてきたんだ。
より良い時代を、より生きやすい社会を、より豊かな社会を、より幸せな未来を。
そしてこれからの時代をつくっていくのは僕たちの世代だ。
僕たちの世代が次の世代に受け渡していきたいものを考えて、つながって、広げていけたら。
そのためのゲストハウスを。この島から。
なんとしてでもつくりあげたいんです。
僕にとってはゲストハウスができてやっとスタート地点なんだ。
そのために日々ひとつずつ。
みんなが集まる居間もちょっとずつできてきたし。
今日はチームのお兄さんに庭のことでアドバイスもらえたし^^
この島ならではのすーっと、ほっと、わーっとできる空間づくりを。
2年目、より濃い時間を。
今年もあっちゅうまかな。
よし!あしたも大事に。
おやすみなさい☆
2014年2月27日木曜日
初作品→数年後
こんばんは。
ちょっとパソコンで作業しててこんな時間。
2月になって引っ越しを終えて、
いざ自分でやるとなると
なかなか思うほどきれいには進まなくて、
もうすぐ2月が終わっちゃう。
そんなきれいに進むはずがないね、人間だもの。
だけど、一人になる時間が増えて
ちょっと数年後の自分を想像してみたりする。
ちょっとパソコンで作業しててこんな時間。
2月になって引っ越しを終えて、
いざ自分でやるとなると
なかなか思うほどきれいには進まなくて、
もうすぐ2月が終わっちゃう。
そんなきれいに進むはずがないね、人間だもの。
だけど、一人になる時間が増えて
ちょっと数年後の自分を想像してみたりする。
数年後、もし今やってることがあかんくなった自分を想像するとぞっとする。
数年後、この島、このゲストハウスに若者が集まって、心の底からすーって笑い合える、本音が素直にだしあえる、そんな場にいる自分を想像するとたまらなくなる。
それもこれも今の、目の前のことの積み重ねなんだね。
数年後、にかっと笑ってられるように。
まわりのみんなも笑ってられるように。
いまは発信を充実させるためのネットの勉強中。
Webのことなんてサッパリで、頭んなかパニックだけど、できたら楽しいもんだ^^
できることが少しづつでも増えるのはやっぱり純粋に嬉しいよね。
下の画像は画像加工ツールをいじってできた初作品。
文字を雲っぽくするっていうのをまとめた動画を見つけたから真似してみました^^
まだまだこれからだー!
がんばりますよ♪
2014年2月8日土曜日
がむしゃらさ
こんばんは。
ここんとこ寒いですね。この島でも雪が降って積もってます。
島でも雪積もるんだなぁ。
そんな寒い日々のなかで僕にも厳しい現実の壁が。
ある財団にゲストハウスをつくるための助成金の申請をしていたんだけども、
「惜しくも選に漏れる結果となりました。」っていう通知が。
「来た来た!」ってテンション上げて封筒ビリビリやぶいて開けたのに。
チームのみんなに相談してアドバイスもらって提出して、
通るものだと思ってたから、
「なんでだ!」ってしばらくなっちゃったし、
「若いもんがこういうのしようとしてるのに応援してくれてもいいよな」って思っちゃって、
どんな判断基準してるのかなとか、ダメならダメで足りんとこアドバイスしてくれたらなとか、あぁこのかんじ就職活動の選考と似とるなって感じたり。
こんなときは家の前の堤防座って海を眺める。
まずは自分やチームでできることから。自分の頭でめいいっぱい考えてまわりにあるもの、いる人たくさん吸収してそれを力にしていくことなのかな。
ここんとこ寒いですね。この島でも雪が降って積もってます。
島でも雪積もるんだなぁ。
そんな寒い日々のなかで僕にも厳しい現実の壁が。
ある財団にゲストハウスをつくるための助成金の申請をしていたんだけども、
「惜しくも選に漏れる結果となりました。」っていう通知が。
「来た来た!」ってテンション上げて封筒ビリビリやぶいて開けたのに。
チームのみんなに相談してアドバイスもらって提出して、
通るものだと思ってたから、
「なんでだ!」ってしばらくなっちゃったし、
「若いもんがこういうのしようとしてるのに応援してくれてもいいよな」って思っちゃって、
どんな判断基準してるのかなとか、ダメならダメで足りんとこアドバイスしてくれたらなとか、あぁこのかんじ就職活動の選考と似とるなって感じたり。
こんなときは家の前の堤防座って海を眺める。
そしたら
まぁしゃーないよな
きっともっと面白いことしようとしてる人がおるんやろうな
自分で人に伝えるために足りないとこ考えんとな
って思える。
「やさしさに包まれたなら」の歌のなかでも
『目に映るすべてのことはメッセージ』
って言ってるしな。
これも何かのメッセージなんだろな。
そうやって考えてたら、
お金がいるとこってどこなのかをざっくりじゃなくてもっと具体的にイメージして出していかなくちゃなと思って
最近はノートにスケッチして、ネットで情報収集して、ホームセンターで実物見てっていうようなことをしてます。
そしたらまたおもしろいものがたくさん出てくる。
都知事選に出てる家入さんの渋谷ハックで応援もしてる「CHIKAKEN」っていう竹あかりをつくってる人たちを見つけて。
(CHIKAKENのホームページ→http://chikaken.com/index.html)
地域にあるものや人を活かすことで地域をたてるっていう自分がイメージしてたことと近いことをもう実践してる人がいた!
こういう人たちとネットワークをつくっていけたら地域だっておもしろくなるよね。
そのCHIKAKENさんの信念ていうのが、
「誰でもできることを誰にもできないくらいやる。」
そうだな、もっともっとがむしゃらにならなくちゃ。
がむしゃらさっていうのはまわりを見ずに突き進むことじゃなくて
まずは自分やチームでできることから。自分の頭でめいいっぱい考えてまわりにあるもの、いる人たくさん吸収してそれを力にしていくことなのかな。
また日常のこと書いていきます^^
今日はこのくらいで、おやすみなさい☆
2014年1月24日金曜日
正しさなんて誰もわからん
ドラマ版「任侠ヘルパー」全部見終わった。
結果、ちょっと寝不足。
でも寝不足を超える何かをもらえるならそれはいいよね。
睡眠よりも任侠ヘルパーを体が求めてたんだもん。笑
これがドラマで放送されてた頃、たぶん中学生くらいだと思うけど、
その頃感じてたこととはまた違う感じ方をした。
「弱きを助け、強きを挫く」
このドラマのきっとテーマなんだと思うけど、
弱い人が正しくないわけでも、強い人が正しいわけでもない。
やっぱり正しさなんていうものは誰にもわからない。
誰にもわからないというか、すべての人にあてはまる正しさなんていうのはないんだと思う。
目が離せない人を身体拘束するのは正しいか、否か。
家族が最後まで介護するのが正しいか、否か。
延命治療をするのが正しいか、否か。
誰の目線で正しいととるのか。
正しさを追い求めたってきっとみんなに当てはまる答えはないんだろうな。
みんな違うんだからな。
生まれた場所、育った環境、出会った人、生きてきた時代。
立ちはだかった困難、乗り越えるための努力、挫折、そして幸せ。
何をどうとらえるかの価値観。
一人の人をつくる要素はもっともっとたくさんある。
それだけの背景をもつ一人の人が正しさを主張しても、横にいる人もそれだけの背景をもってるんだから、正しさが食い違っても当たり前だ。
だから正しさを求めて生きることはないよね。
自分なりの正しさにしかたどりつけない。
こうしなくちゃ、なんてことはないんだろう。
だから、誰もよくわからないこうしなくちゃってことにとらわれるんじゃなくて、目の前にいる人や自分が近いと感じる人をまっすぐ見れたらいいよなって思う。
「僕たちは世界を変えることができない」の映画のモデルになった葉田甲太さんは、カンボジアの人たちが自分にとっては近くに感じてほっとけない存在だからっていうようなことを言ってた気がする。
目の前にいる人、自分が近くに感じる人、人生かけて何かを共有したい人と、違いを共有して、喜びも共有できたら、それがいいんじゃないかと思う。
大多数の人が言ってるけど誰もわからないことで悩んで迷ったりするよりも、目の前にいる人に寄り添って分かち合う努力したいなと僕は思う。
弱さも強さも全部ゼロにして
主張よりも共有をめざして
「やっぱりこうしなくちゃ」じゃなくて「あの人とこういうのしたい」で動く
そんな場としてのゲストハウスをつくっていけたらいいな
って僕は任侠ヘルパーを観て改めて思ったよ。
だから明日からもまずは引っ越し作業、がんばりますよー!^^
結果、ちょっと寝不足。
でも寝不足を超える何かをもらえるならそれはいいよね。
睡眠よりも任侠ヘルパーを体が求めてたんだもん。笑
これがドラマで放送されてた頃、たぶん中学生くらいだと思うけど、
その頃感じてたこととはまた違う感じ方をした。
「弱きを助け、強きを挫く」
このドラマのきっとテーマなんだと思うけど、
弱い人が正しくないわけでも、強い人が正しいわけでもない。
やっぱり正しさなんていうものは誰にもわからない。
誰にもわからないというか、すべての人にあてはまる正しさなんていうのはないんだと思う。
目が離せない人を身体拘束するのは正しいか、否か。
家族が最後まで介護するのが正しいか、否か。
延命治療をするのが正しいか、否か。
誰の目線で正しいととるのか。
正しさを追い求めたってきっとみんなに当てはまる答えはないんだろうな。
みんな違うんだからな。
生まれた場所、育った環境、出会った人、生きてきた時代。
立ちはだかった困難、乗り越えるための努力、挫折、そして幸せ。
何をどうとらえるかの価値観。
一人の人をつくる要素はもっともっとたくさんある。
それだけの背景をもつ一人の人が正しさを主張しても、横にいる人もそれだけの背景をもってるんだから、正しさが食い違っても当たり前だ。
だから正しさを求めて生きることはないよね。
自分なりの正しさにしかたどりつけない。
こうしなくちゃ、なんてことはないんだろう。
だから、誰もよくわからないこうしなくちゃってことにとらわれるんじゃなくて、目の前にいる人や自分が近いと感じる人をまっすぐ見れたらいいよなって思う。
「僕たちは世界を変えることができない」の映画のモデルになった葉田甲太さんは、カンボジアの人たちが自分にとっては近くに感じてほっとけない存在だからっていうようなことを言ってた気がする。
目の前にいる人、自分が近くに感じる人、人生かけて何かを共有したい人と、違いを共有して、喜びも共有できたら、それがいいんじゃないかと思う。
大多数の人が言ってるけど誰もわからないことで悩んで迷ったりするよりも、目の前にいる人に寄り添って分かち合う努力したいなと僕は思う。
弱さも強さも全部ゼロにして
主張よりも共有をめざして
「やっぱりこうしなくちゃ」じゃなくて「あの人とこういうのしたい」で動く
そんな場としてのゲストハウスをつくっていけたらいいな
って僕は任侠ヘルパーを観て改めて思ったよ。
だから明日からもまずは引っ越し作業、がんばりますよー!^^
2014年1月22日水曜日
人間味
ちょっと間空いちゃいましたが、
その間に台所とお風呂をとりあえず自分が生活できるとこまで掃除完了しました^^
そやって掃除しながら、
最近は発信のことを考えてた。
発信どんなふうにするともっといいのかなって。
これから人を巻き込んでいけたらなぁと思うこともあるし。
ネットやブログで文面だけで伝えることにはやっぱり限界があるんだろうけど、そんななかでもどんなふうに発信するとより等身大の自分に近い藤賀という人間を発信することができるのか、どんな言葉や口調だといいのか、どんなふうだと応援したくなるのか、とかとか。
自分が逆の立場だったら、これから何かしようとしてる人がいるとして、とりあえず自分に近いものが感じられたらきっと背中押してあげたくなるんだろうなって思う。
それだけじゃないだろうけど、でもそれって大きいかなと思う。
「これだけやってます」だけじゃなくって、悩みやら不安やら駄目なとこやらできないことやらっていうのが見えると、「こいつも人間だな」って近く感じると思う。
自分の人間像をもっと伝えていけたらいいんだろうなと思う。
それは仕事のなかでもそうじゃないかなと思う。甘えを生むためじゃなくて、信頼するためにはやっぱり人間味っていうのは大事なんだと思う。
そしてそういういろんな色をもつ人間がこういうことやってるよっていうのでひとつのストーリーになるのかなと思う。
そしたらそのストーリーを読んでるだけでおもしろいって人もいれば、その登場人物になったろかいって思う人も出てくるかもしれないよね。
今までも発信するときはこんなふうにやったらいいんじゃないって言ってもらってたけど、やっとピンときました。すいません。
やっぱり見直してみるとどっかうまく綺麗にまとめようとしてたりするもんね。
まだまだ先のことが見えてこないとダメだな、ぼく。
これからそういうふうに自分のこと、考えてること、やってること、やりたいこと伝えていけたらいいな。
facebookでは日常の活動の光景や内容、ふとしたことを、ブログでは一日の中で考えたちょっと抽象的な思いとかを文章にして。利用できるもの、もっとうまいこと使っていきます。
とりあえずはそんなことを意識しながら、でももっと味が出していけるように工夫しながら発信していきます。
じゃあ一日お疲れさま、ありがとう^^
その間に台所とお風呂をとりあえず自分が生活できるとこまで掃除完了しました^^
そやって掃除しながら、
最近は発信のことを考えてた。
発信どんなふうにするともっといいのかなって。
これから人を巻き込んでいけたらなぁと思うこともあるし。
ネットやブログで文面だけで伝えることにはやっぱり限界があるんだろうけど、そんななかでもどんなふうに発信するとより等身大の自分に近い藤賀という人間を発信することができるのか、どんな言葉や口調だといいのか、どんなふうだと応援したくなるのか、とかとか。
自分が逆の立場だったら、これから何かしようとしてる人がいるとして、とりあえず自分に近いものが感じられたらきっと背中押してあげたくなるんだろうなって思う。
それだけじゃないだろうけど、でもそれって大きいかなと思う。
「これだけやってます」だけじゃなくって、悩みやら不安やら駄目なとこやらできないことやらっていうのが見えると、「こいつも人間だな」って近く感じると思う。
自分の人間像をもっと伝えていけたらいいんだろうなと思う。
それは仕事のなかでもそうじゃないかなと思う。甘えを生むためじゃなくて、信頼するためにはやっぱり人間味っていうのは大事なんだと思う。
そしてそういういろんな色をもつ人間がこういうことやってるよっていうのでひとつのストーリーになるのかなと思う。
そしたらそのストーリーを読んでるだけでおもしろいって人もいれば、その登場人物になったろかいって思う人も出てくるかもしれないよね。
今までも発信するときはこんなふうにやったらいいんじゃないって言ってもらってたけど、やっとピンときました。すいません。
やっぱり見直してみるとどっかうまく綺麗にまとめようとしてたりするもんね。
まだまだ先のことが見えてこないとダメだな、ぼく。
これからそういうふうに自分のこと、考えてること、やってること、やりたいこと伝えていけたらいいな。
facebookでは日常の活動の光景や内容、ふとしたことを、ブログでは一日の中で考えたちょっと抽象的な思いとかを文章にして。利用できるもの、もっとうまいこと使っていきます。
とりあえずはそんなことを意識しながら、でももっと味が出していけるように工夫しながら発信していきます。
じゃあ一日お疲れさま、ありがとう^^
2014年1月16日木曜日
掃除の中で”もの”思う
今日も昨日に引き続きキッチンの掃除。
掃除や片付けをしていていつも思うのは、ものにも本分や役割があるんだなっていうこと。
お盆にはお盆の、コップにはコップの役割、働きがある。
箸にしかできない役目がある。
その人にはそのスプーンにしか務まらない務めがある。
本来ものっていうのはそういうもんだと思う。
ものは自分の身体の延長だったり、能力を引き伸ばしたり、自分では出来ないことを補ってくれるもの。そうして生活を豊かにしてくれるもの。
だから人がもつべきもの、身の回りにおいておくものは最低限でかまわないはずだった。
だけど大量生産・大量生産がそれをかき乱した。
機能やデザインが少し変わっただけで、他の人が違うものをもっているだけで、新しいものがほしくなる。
そういう流れや流行のなかで本来ものがもつ役割を人が最大限に活かせなくなったのだと思う。
忙しさにまみれてものをちゃんと活かして手をいれる時間がなくなったのも大きいんだろう。
ぼくたちはどうしてこんなにもものを活かすのが下手くそになったんだろう。
どうしてちゃんと役目をもってるこのスプーンじゃダメになったんだろう。
ものを活かしてやるには活かす側の人もきっと自分ではできない役目をこいつに果たしてもらおうっていう感覚がないとだめなんだろう。
ものを大事にするってなかなか難しい。
けどそう思うと新しいものにぼんぼん買い換えるよりも、ひとつのものをずっと大事に使うほうが面白いんじゃないかなと思う。
そしてそうやって自分の大事にしたいものをちゃんと大事にすることができれば、新しいものを買うのに必要なお金もいらなくなる。
そしたら働く時間ももうちょっと減らせて、働き方も変えれる。
そんーな簡単にはいかないんだろうけど、自分が何に充実をおくかなんだろうな。
けどひとついえるのはきっとものを浪費するのは時間を浪費するってことなんだと思う。
自分の生活に必要なもの、自分の生活にこれがあってくれたらっていうものをちゃんとわかって、大事にしてたいなと僕は思う。
飾ってあるだけでどこに何があるのかもわからないようなたくさんのものに囲まれるよりも、自分の生活を補って豊かにしてくれる最低限のものたちに囲まれる生活。
より人間らしい生活をめざして。
掃除をしててふとそんなことを思った一日でした。
明日も引き続き、引き続き頑張ります^^
掃除や片付けをしていていつも思うのは、ものにも本分や役割があるんだなっていうこと。
お盆にはお盆の、コップにはコップの役割、働きがある。
箸にしかできない役目がある。
その人にはそのスプーンにしか務まらない務めがある。
本来ものっていうのはそういうもんだと思う。
ものは自分の身体の延長だったり、能力を引き伸ばしたり、自分では出来ないことを補ってくれるもの。そうして生活を豊かにしてくれるもの。
だから人がもつべきもの、身の回りにおいておくものは最低限でかまわないはずだった。
だけど大量生産・大量生産がそれをかき乱した。
機能やデザインが少し変わっただけで、他の人が違うものをもっているだけで、新しいものがほしくなる。
そういう流れや流行のなかで本来ものがもつ役割を人が最大限に活かせなくなったのだと思う。
忙しさにまみれてものをちゃんと活かして手をいれる時間がなくなったのも大きいんだろう。
ぼくたちはどうしてこんなにもものを活かすのが下手くそになったんだろう。
どうしてちゃんと役目をもってるこのスプーンじゃダメになったんだろう。
ものを活かしてやるには活かす側の人もきっと自分ではできない役目をこいつに果たしてもらおうっていう感覚がないとだめなんだろう。
ものを大事にするってなかなか難しい。
けどそう思うと新しいものにぼんぼん買い換えるよりも、ひとつのものをずっと大事に使うほうが面白いんじゃないかなと思う。
そしてそうやって自分の大事にしたいものをちゃんと大事にすることができれば、新しいものを買うのに必要なお金もいらなくなる。
そしたら働く時間ももうちょっと減らせて、働き方も変えれる。
そんーな簡単にはいかないんだろうけど、自分が何に充実をおくかなんだろうな。
けどひとついえるのはきっとものを浪費するのは時間を浪費するってことなんだと思う。
自分の生活に必要なもの、自分の生活にこれがあってくれたらっていうものをちゃんとわかって、大事にしてたいなと僕は思う。
飾ってあるだけでどこに何があるのかもわからないようなたくさんのものに囲まれるよりも、自分の生活を補って豊かにしてくれる最低限のものたちに囲まれる生活。
より人間らしい生活をめざして。
掃除をしててふとそんなことを思った一日でした。
明日も引き続き、引き続き頑張ります^^
2014年1月15日水曜日
家が決まりました!
新年初の投稿。
遅くなりましたが明けましておめでとうございます。
さぁ今年は忙しくなりますよー!
というのはゲストハウスの立地が決まりました^^
家を借りれるようになりました!
今までは借りてなかったのと思われるかもしれないですけど、
そうなんです。
今まではチームの若い夫婦のお家で一部屋借りてずっとお世話になっていました。
過疎地では空き家が増えていることが問題になっているけれど、
空き家を仲介して賃貸する業者がいないことも問題なんです。
そこに住みたくて借りたくても、縁がなかったり顔が知られてなかったりするとなかなか借りるのが難しいんです。
もう長い間住んでなくて、子孫が都市部に出てたりすると、契約を結ぶのも難しい。
だけどそうしているうちに家は老朽化して住めない状態になっていってしまう。
住みたい人と家に手をいれてほしい人のマッチングが上手くいく仕組みをつくっていけるといいなと思う。
さてさて、その家の入口はこんなかんじ!
書いたような問題もあるけど、前に住んでた人の思いを継ぐことができるのも空き家の良いところだと思う。
やりたいことはたくさんあるけど
まずは自分が住んでみて、暮らしてみて、家を感じてみたい。
そのために今はキッチンの掃除から。
やっぱり自分の身の回りのことを大事にできる人でありたいと思う。
今月中には引っ越しができるように。頑張ります^^
年末年始とバタバタしててなかなか発信できてなかったですけど
今年もあたたかく見守ってもらえると嬉しいです^^
やりたいことたくさんあるので
やっていく姿みててください!
よろしくお願いします!
遅くなりましたが明けましておめでとうございます。
さぁ今年は忙しくなりますよー!
というのはゲストハウスの立地が決まりました^^
家を借りれるようになりました!
今までは借りてなかったのと思われるかもしれないですけど、
そうなんです。
今まではチームの若い夫婦のお家で一部屋借りてずっとお世話になっていました。
過疎地では空き家が増えていることが問題になっているけれど、
空き家を仲介して賃貸する業者がいないことも問題なんです。
そこに住みたくて借りたくても、縁がなかったり顔が知られてなかったりするとなかなか借りるのが難しいんです。
もう長い間住んでなくて、子孫が都市部に出てたりすると、契約を結ぶのも難しい。
だけどそうしているうちに家は老朽化して住めない状態になっていってしまう。
住みたい人と家に手をいれてほしい人のマッチングが上手くいく仕組みをつくっていけるといいなと思う。
さてさて、その家の入口はこんなかんじ!
葦がトンネルになってます^^
トンネルの向こうは砂浜・海が広がってます!
家の前はどうしたろうかなぁとか
縁側どんなかんじにしようかなぁとか
この部屋どうしようかなとか
この空間に人がいるイメージをするとワクワクして止まらないですね^^
この家も一緒にチームでやってるおとーさん夫婦が住んでた家で愛着がある場所だから大事にしたい。大事につくりあげたい。家を最大限に活かしたい。書いたような問題もあるけど、前に住んでた人の思いを継ぐことができるのも空き家の良いところだと思う。
やりたいことはたくさんあるけど
まずは自分が住んでみて、暮らしてみて、家を感じてみたい。
そのために今はキッチンの掃除から。
一軒の家を衛生的に管理するための苦労を改めて知りました。
掃除ひとつでも考えること、身につく力は大きいなと思う。やっぱり自分の身の回りのことを大事にできる人でありたいと思う。
今月中には引っ越しができるように。頑張ります^^
年末年始とバタバタしててなかなか発信できてなかったですけど
今年もあたたかく見守ってもらえると嬉しいです^^
やりたいことたくさんあるので
やっていく姿みててください!
よろしくお願いします!
2013年11月5日火曜日
竹から生まれたストーリー
こんにちは^^
昨日で粟島での芸術祭開催期間が終わり、SILENT Cafeも一旦営業を終了しました。
あたたかく見守っていただきありがとうございました!
その営業期間中にカフェのおみやげとしておかせてもらっていた竹でつくった写真立て。
竹からストーリーは始まりました。
過疎地のいろんなところで竹の繁殖による里山の荒廃や家屋の崩壊は問題になっていて、粟島でも例にもれず竹がいろんなところで繁殖して竹林が拡大しています。
そういう状況のなかで、粟島のある地域の竹林を切り開いて、子どもたちが自然の中で自由に遊べる場となるツリーハウスをつくろうというプロジェクトを立ちあげて、夏には香川大学の学生たちが合宿で来てくれて無数の竹を切り出してくれました。
暑い中、蚊の襲い来る中、汗を流して切り出してくれた数えきれないくらいの竹を、なんとか活かせないかと、放っておくと邪魔になってしまうものでも価値あるものにできないかと考え出したひとつが、この写真立てでした。
そんな粟島でのストーリーをもつ竹でつくった写真立てを、
今回芸術祭をきっかけに粟島に足を運んで、SILENT Cafeで時間を過ごしてくださったお客さんがそのストーリーを引き継いで、島の空気感とともに持ち帰ってくれればなという思いでつくらせてもらいました。
そうしてこの期間中に11個の写真立てが、12人のお客さんの手に渡っていきました。
写真立てお持ち帰り第一号のお客さん。「あぁいいねぇ」としきりに言ってくれて。
2回もカフェに来てくれたおばちゃん^^1回目は僕の説明が下手すぎて「展示だけで買えないんだ」と勘違いさせてしまったけど、もう一回来てくれて「今度こそは!」っておみやげにしてくれました。たくさんアドバイスやアイディアもいただきました。もっといいものをつくっていけるようにがんばりますね!
おみやげにしてくれたすべてのみなさんとは一緒に写真を撮ることができなくて残念だけど、
チェキでその場で写真をとって写真立てにつけると喜んでくれた姿、
いいねってがんばってねと言ってもらった言葉、
みなさんの笑顔、
しっかり心に刻んでるので、
それがこれからの力になりますので^^
今回のカフェでは写真立てをおみやげにという形でひとつの試し打ちとしてやってみたけれど、
これからつくっていくゲストハウスはそうやって島にあるものを活かして構成していきたいと思ってます。
「あるものを活かす」ということをひとつの柱にして。
昔は、今でも小さなところではあるけど、そんなふうにいらないものでもなんとか利用して生活の糧にするようなそんな知恵のある生活がなされてきた。
そんな生きていく、生活していくための知恵があれば、それほどお金をかけて消費しなくても自分のライフスタイルがつくれると、この島に来てここまでたくさん教えてもらっていろんなものをつくってみて、思う。
そうやって一見無いものの多いように見えるこの島であるものを活かしていくというのがひとつの活性化の形ではないかと思う。
この「ものを活かす」ということと、僕の最大のテーマである「人を活かす」というのがゲストハウスの二本柱。
カフェオープンを終えて、この1ヶ月学ばせてもらったこと、感じたことを糧にしてこれからのゲストハウスづくりにつなげてどんどん動いていきます!
まだまだ先は長いけどこれからも見守っててください^^
昨日で粟島での芸術祭開催期間が終わり、SILENT Cafeも一旦営業を終了しました。
あたたかく見守っていただきありがとうございました!
その営業期間中にカフェのおみやげとしておかせてもらっていた竹でつくった写真立て。
竹からストーリーは始まりました。
過疎地のいろんなところで竹の繁殖による里山の荒廃や家屋の崩壊は問題になっていて、粟島でも例にもれず竹がいろんなところで繁殖して竹林が拡大しています。
そういう状況のなかで、粟島のある地域の竹林を切り開いて、子どもたちが自然の中で自由に遊べる場となるツリーハウスをつくろうというプロジェクトを立ちあげて、夏には香川大学の学生たちが合宿で来てくれて無数の竹を切り出してくれました。
暑い中、蚊の襲い来る中、汗を流して切り出してくれた数えきれないくらいの竹を、なんとか活かせないかと、放っておくと邪魔になってしまうものでも価値あるものにできないかと考え出したひとつが、この写真立てでした。
そんな粟島でのストーリーをもつ竹でつくった写真立てを、
今回芸術祭をきっかけに粟島に足を運んで、SILENT Cafeで時間を過ごしてくださったお客さんがそのストーリーを引き継いで、島の空気感とともに持ち帰ってくれればなという思いでつくらせてもらいました。
そうしてこの期間中に11個の写真立てが、12人のお客さんの手に渡っていきました。
写真立てお持ち帰り第一号のお客さん。「あぁいいねぇ」としきりに言ってくれて。
大学の先輩も持って帰ってくれました。「とうがくんのがんばりを」と^^
遠距離中の素敵なカップルさん。一緒に写真を撮ってもらう時「真ん中にどうぞ^^」って言ってくれたけどさすがに。笑
宇田津っていう結構離れたところから粟島まで自転車で来られたという元気なおっちゃん。「ええみやげになるわ」ってすごくあったかい笑顔で。
2回もカフェに来てくれたおばちゃん^^1回目は僕の説明が下手すぎて「展示だけで買えないんだ」と勘違いさせてしまったけど、もう一回来てくれて「今度こそは!」っておみやげにしてくれました。たくさんアドバイスやアイディアもいただきました。もっといいものをつくっていけるようにがんばりますね!
おみやげにしてくれたすべてのみなさんとは一緒に写真を撮ることができなくて残念だけど、
チェキでその場で写真をとって写真立てにつけると喜んでくれた姿、
いいねってがんばってねと言ってもらった言葉、
みなさんの笑顔、
しっかり心に刻んでるので、
それがこれからの力になりますので^^
今回のカフェでは写真立てをおみやげにという形でひとつの試し打ちとしてやってみたけれど、
これからつくっていくゲストハウスはそうやって島にあるものを活かして構成していきたいと思ってます。
「あるものを活かす」ということをひとつの柱にして。
昔は、今でも小さなところではあるけど、そんなふうにいらないものでもなんとか利用して生活の糧にするようなそんな知恵のある生活がなされてきた。
そんな生きていく、生活していくための知恵があれば、それほどお金をかけて消費しなくても自分のライフスタイルがつくれると、この島に来てここまでたくさん教えてもらっていろんなものをつくってみて、思う。
そうやって一見無いものの多いように見えるこの島であるものを活かしていくというのがひとつの活性化の形ではないかと思う。
この「ものを活かす」ということと、僕の最大のテーマである「人を活かす」というのがゲストハウスの二本柱。
カフェオープンを終えて、この1ヶ月学ばせてもらったこと、感じたことを糧にしてこれからのゲストハウスづくりにつなげてどんどん動いていきます!
まだまだ先は長いけどこれからも見守っててください^^
2013年11月4日月曜日
積み木
おはようございます^^
芸術祭期間中最後の三連休の中日も終わり、残すは今日のあと一日だけです。
SILENT Cafeの営業も継続の形を模索しているけれど、とりあえずは今日で終わってしまいます。
今日ふとカフェオーナーの息子さんが”積み木”ということに例えてこれまでの日々を表現していました。
その表現がすごくいいなと思ったのでそんなテーマで書いてみようと思います。
このカフェのオーナーの息子さん夫婦は島に来てからの約2年間、僕は今年の4月からの半年間、そしてこの営業中の1ヶ月間。その土台となる、島出身のおとーさんが島に戻ってきてからの何年もの時間。
このSILENT Cafeというひとつのプロジェクトの形をなしうるまでに積んできた時間。
積み木っていうのは土台がしっかりしてないとすぐに崩れる。
焦ってばーっと積んでいってもガラッと倒れてしまう。
ほんで誰かがその積む作業に加わると、一人で積んでいく時には見えないパターンやアイディアの積み方を見せてくれる。一人で積んでいくよりも誰かと一緒に積んでると会話が生まれたり、倒れそうになると手を添えて支えあったりする。
丁寧に、しっかり積みあげた土台の上に、自分たちのめざすオリジナルの積み木の形に向けて積んできた。
そこにこの1ヶ月で積んでいく材木に色がついて積み木に彩りが加わったような感覚。
それは出会いであり、新しいつながり、深まるつながり。
そして実際に高いとこまで積んで、ひとつの形をなしてみて「こうでよかった」とか「こんなかんじもありだな」とまた見えてくる今があるからこその新しい理想の形。
まだまだ未完成な状態だけどやっていく日々のなかでまた高く積んでいければいいとオーナーは言う。
SILENT Cafeというひとつの積み木に携わるなかで強く感じたこと、それはやっぱり積み木を積んでいく実践者でありたいなということ
実践する中でしか感じられないもの、見れない景色、語れない言葉があると思う。
このSILENT Cafeがこの芸術祭の期間が終えればゲストハウス”SILENT House”という僕の積み木を積んでいく。
そしてひとつひとつのプロジェクトの集合体としてチームとして”SILENT Island 粟島”というこれからの世代に向けた大きな積み木を積み上げていく。
ホームページはこちら。『SILENT Island 粟島』http://siaw.jimdo.com
「大事なのは日々の積み重ね 大事なのはその積み方ね
MONGOL800」
しっかり地に足をつけた、いろんな色の彩りのある僕たちの積み木をつくりあげていきたいな。
さぁさ、最後の一日、今日も大事な一つの断片を積んでいけるように、
誠実に、まっすぐにがんばっていきますよ!
芸術祭期間中最後の三連休の中日も終わり、残すは今日のあと一日だけです。
SILENT Cafeの営業も継続の形を模索しているけれど、とりあえずは今日で終わってしまいます。
今日ふとカフェオーナーの息子さんが”積み木”ということに例えてこれまでの日々を表現していました。
その表現がすごくいいなと思ったのでそんなテーマで書いてみようと思います。
このカフェのオーナーの息子さん夫婦は島に来てからの約2年間、僕は今年の4月からの半年間、そしてこの営業中の1ヶ月間。その土台となる、島出身のおとーさんが島に戻ってきてからの何年もの時間。
このSILENT Cafeというひとつのプロジェクトの形をなしうるまでに積んできた時間。
積み木っていうのは土台がしっかりしてないとすぐに崩れる。
焦ってばーっと積んでいってもガラッと倒れてしまう。
ほんで誰かがその積む作業に加わると、一人で積んでいく時には見えないパターンやアイディアの積み方を見せてくれる。一人で積んでいくよりも誰かと一緒に積んでると会話が生まれたり、倒れそうになると手を添えて支えあったりする。
丁寧に、しっかり積みあげた土台の上に、自分たちのめざすオリジナルの積み木の形に向けて積んできた。
そこにこの1ヶ月で積んでいく材木に色がついて積み木に彩りが加わったような感覚。
それは出会いであり、新しいつながり、深まるつながり。
そして実際に高いとこまで積んで、ひとつの形をなしてみて「こうでよかった」とか「こんなかんじもありだな」とまた見えてくる今があるからこその新しい理想の形。
まだまだ未完成な状態だけどやっていく日々のなかでまた高く積んでいければいいとオーナーは言う。
SILENT Cafeというひとつの積み木に携わるなかで強く感じたこと、それはやっぱり積み木を積んでいく実践者でありたいなということ
実践する中でしか感じられないもの、見れない景色、語れない言葉があると思う。
このSILENT Cafeがこの芸術祭の期間が終えればゲストハウス”SILENT House”という僕の積み木を積んでいく。
そしてひとつひとつのプロジェクトの集合体としてチームとして”SILENT Island 粟島”というこれからの世代に向けた大きな積み木を積み上げていく。
ホームページはこちら。『SILENT Island 粟島』http://siaw.jimdo.com
「大事なのは日々の積み重ね 大事なのはその積み方ね
MONGOL800」
しっかり地に足をつけた、いろんな色の彩りのある僕たちの積み木をつくりあげていきたいな。
さぁさ、最後の一日、今日も大事な一つの断片を積んでいけるように、
誠実に、まっすぐにがんばっていきますよ!
2013年11月1日金曜日
やっぱり人だよ。
瀬戸内国際芸術祭が開催され、SILENT Cafeがオープンし、
最後の一週間となりました。
この開催中・オープン中の1ヶ月に
描いていたことを実際に自分たちで実践する中で感じたこと、考えたこと、
たくさんあります。
実践する中でしか得られないものがやっぱりたくさんあります。
そのなかのひとつが、一人の「人」っていうものの大きさです。
これは前回の投稿の中でも最後に少しだけ書いたことだけど、
僕にとっては大きな得た感覚なので
今日はしっかり書いてみようと思います。
普段は閑散としていて人が歩いてるところを見ることさえまれなこの島。
そんな小さな島で開催された、知名度の高まりつつある瀬戸内国際芸術祭。
その期間に合わせてオープンした僕たち若者のプロジェクトのSILENT Cafe。
そんなカフェに足を運んでくださるお客さん。
この期間中は土日の天候が悪いことも多くて
作品の展示会場からは離れてるこの地区まで歩いて来られるお客さんがほとんどゼロに近い日もありました。
それはほんとに嘘ではなく。
だからこそ
手渡したビラを見て歩いてきてくれるお客さん、
webで見て目的地のひとつに加えてくれたお客さん、
看板をたどって来てくれたお客さん、
そのひとりひとりのお客さんが嬉しくて力になる。
そのひとりのお客さんが言ってくれる一言、見せてくれる笑顔があったかい。
「ほんとに優しいお客さんが多いなぁ」
ってみんなでいつも言ってるけどほんとにそう感じる。
それはこういうところ、人がもともといるわけじゃない場所、島の空気の中だからこそ深く感じることなのだとも思う。
お客さんだけじゃなくて、カフェや僕たちのプロジェクトを一緒に動かしてる仲間にしてもそう。
忙しく動きまわってる中でふと「この人がいなかったら」と思うことがよくある。
一人のその人がもってる存在感、考え、感じ方、アイディア、スキル、そのひとつひとつがものすごく大きいなって感じる。
僕は大阪にいた頃もラーメン屋さんでバイトをしていたけれども
その頃よりももっと濃く一人の人の大きさを感じる。
人ってこんなに大きんだなぁって改めて感じる。
お客さんが来てくれて、人がいてくれて当たり前じゃない場所だからこそ。
僕たち人を血の通ったあたたかい存在に浮かび上がらせてくれる空気感のある島だからこそ。
島の中で遊びまわる子どもたち。
無邪気な笑い声を響かせてくれる子どもたち。
子供が今はいないこの島だからこそ感じる子どもたちの純粋さ、明るさ。
開放された空気の中だからこそ解放される子どもたちの純粋さ、明るさ。
こういう島の対局にある都会が決してダメなわけじゃない。嫌いなわけじゃない。
ただそこでは見えにくくなるものがここではくっきり、はっきり見えるようになる気がする。
人が本来できる・まかなえるキャパを超えるものや効率を求めるから機械が必要になって人の存在が薄くなる。例えばね。
そんなのが都市には多い気がする。
さっきもちょっと話してたことなんだけど、人の心が潤わない。
人の規模でやったらいいじゃんかと僕は思う。
だから一般的にいわれる「グローバルに」とかいうのは僕は信用ならない。
人が見えなくなるようなことはしなくていいと思う。
それで潤うのは誰か一部の懐だけであってグローバルな人の心ではないだろうから。
ちょっと話が大きくなって観念的になっちゃったけど、
人がもつものってそれだけで十分大きなものだと思う。
人はその存在だけで十分何かを、誰かを満たしうるものだと思う。
そんなあたたかなものだと思う。
それを僕は今回のこのカフェをお手伝いさせてもらう中で改めて感じさせてもらった。
だから僕はこの島に人が来て、集まるようになって、住むようになればこういうことができるんじゃないかっていう可能性、未来にすごくときめく。
それがひとりやふたりでも。
そこに子どもが来て、生まれてってしたらどんな未来が拓けるだろうって。
そうやって人が活きて、島を活かしていければいいよなぁって思う。
僕はそう思う。
だから明後日からの最後の三連休も、来てくれるひとりひとりのお客さんを大事にして、
人のあったかさを感じながら前につながる形を模索していきたいなぁ。
コーヒー片手に砂浜で夕日を眺めてぼーっとしてたらほっとするよ。
なぁ。
最後の一週間となりました。
この開催中・オープン中の1ヶ月に
描いていたことを実際に自分たちで実践する中で感じたこと、考えたこと、
たくさんあります。
実践する中でしか得られないものがやっぱりたくさんあります。
そのなかのひとつが、一人の「人」っていうものの大きさです。
これは前回の投稿の中でも最後に少しだけ書いたことだけど、
僕にとっては大きな得た感覚なので
今日はしっかり書いてみようと思います。
普段は閑散としていて人が歩いてるところを見ることさえまれなこの島。
そんな小さな島で開催された、知名度の高まりつつある瀬戸内国際芸術祭。
その期間に合わせてオープンした僕たち若者のプロジェクトのSILENT Cafe。
そんなカフェに足を運んでくださるお客さん。
この期間中は土日の天候が悪いことも多くて
作品の展示会場からは離れてるこの地区まで歩いて来られるお客さんがほとんどゼロに近い日もありました。
それはほんとに嘘ではなく。
だからこそ
手渡したビラを見て歩いてきてくれるお客さん、
webで見て目的地のひとつに加えてくれたお客さん、
看板をたどって来てくれたお客さん、
そのひとりひとりのお客さんが嬉しくて力になる。
そのひとりのお客さんが言ってくれる一言、見せてくれる笑顔があったかい。
「ほんとに優しいお客さんが多いなぁ」
ってみんなでいつも言ってるけどほんとにそう感じる。
それはこういうところ、人がもともといるわけじゃない場所、島の空気の中だからこそ深く感じることなのだとも思う。
お客さんだけじゃなくて、カフェや僕たちのプロジェクトを一緒に動かしてる仲間にしてもそう。
忙しく動きまわってる中でふと「この人がいなかったら」と思うことがよくある。
一人のその人がもってる存在感、考え、感じ方、アイディア、スキル、そのひとつひとつがものすごく大きいなって感じる。
僕は大阪にいた頃もラーメン屋さんでバイトをしていたけれども
その頃よりももっと濃く一人の人の大きさを感じる。
人ってこんなに大きんだなぁって改めて感じる。
お客さんが来てくれて、人がいてくれて当たり前じゃない場所だからこそ。
僕たち人を血の通ったあたたかい存在に浮かび上がらせてくれる空気感のある島だからこそ。
島の中で遊びまわる子どもたち。
無邪気な笑い声を響かせてくれる子どもたち。
子供が今はいないこの島だからこそ感じる子どもたちの純粋さ、明るさ。
開放された空気の中だからこそ解放される子どもたちの純粋さ、明るさ。
こういう島の対局にある都会が決してダメなわけじゃない。嫌いなわけじゃない。
ただそこでは見えにくくなるものがここではくっきり、はっきり見えるようになる気がする。
人が本来できる・まかなえるキャパを超えるものや効率を求めるから機械が必要になって人の存在が薄くなる。例えばね。
そんなのが都市には多い気がする。
さっきもちょっと話してたことなんだけど、人の心が潤わない。
人の規模でやったらいいじゃんかと僕は思う。
だから一般的にいわれる「グローバルに」とかいうのは僕は信用ならない。
人が見えなくなるようなことはしなくていいと思う。
それで潤うのは誰か一部の懐だけであってグローバルな人の心ではないだろうから。
ちょっと話が大きくなって観念的になっちゃったけど、
人がもつものってそれだけで十分大きなものだと思う。
人はその存在だけで十分何かを、誰かを満たしうるものだと思う。
そんなあたたかなものだと思う。
それを僕は今回のこのカフェをお手伝いさせてもらう中で改めて感じさせてもらった。
だから僕はこの島に人が来て、集まるようになって、住むようになればこういうことができるんじゃないかっていう可能性、未来にすごくときめく。
それがひとりやふたりでも。
そこに子どもが来て、生まれてってしたらどんな未来が拓けるだろうって。
そうやって人が活きて、島を活かしていければいいよなぁって思う。
僕はそう思う。
だから明後日からの最後の三連休も、来てくれるひとりひとりのお客さんを大事にして、
人のあったかさを感じながら前につながる形を模索していきたいなぁ。
コーヒー片手に砂浜で夕日を眺めてぼーっとしてたらほっとするよ。
なぁ。
2013年10月10日木曜日
「Silent Cafe」オープン!
10月5日に粟島で活動する僕たちのカフェ、「Silent Cafe」がオープンしたということをfacebook、twitterを通してお伝えしました。
この投稿ではそのカフェについてもう少し突っ込んで書きたいと思います。
僕は今、島出身の方と、その息子さん夫婦とともにチームとしてこの粟島の中で
プロジェクトをつくり活動しています。
そのプロジェクトの一つの要としてこのカフェはあり、
息子さん夫婦がカフェの主体として、今まで外で働きながらも今回の瀬戸内国際芸術祭の期に向けて、その準備を重ねてきたのです。
あくまで利益を追求せず、現段階でできることを考えながら、自分たちの思い描くものを形にし、前につなげていくというスタンスが今回のカフェの運営方針となっています。
そこに僕はこれからのゲストハウスづくりに向けての前段階として一緒にやらせてもらっているという形になります。
これまではチームのこと、プロジェクトのことはあまり表立っては発信してこなかったので、僕のやっていることの輪郭がみえづらいという方もおられたかと思いますが、
ざっと説明するとこんなふうです。
ということで、思い描くものはどんなものか、今できることとしてどんなことを積み上げてきたのか、ちょこっと紹介したいと思います。
まずは部屋の外に作ったテラス。
テラスの床面をはるのに使ったのが、島で昔焼かれていたレンガ。歴史はなんと150年もののレンガ。
これをせっせと運んできて、家の目の前にある浜からせっせと運んできた砂の上にしきつめました。
しきつめるのがほんとに難しい。ただただせっせとしきつめてセメントで固めてしまった僕。出来上がると床面は段差ができてガタガタに。やってみて初めてこだわりというものは何なのかを痛感しました。ものをつくるということのなかでこだわりをもってつくりあげるということの偉大さ、味をだすというのは偶然の産物なんかじゃないということが身にしみてわかりました。
そうしてできたレンガの床面の上に、竹林から切り出してきた竹をつかって島出身のおとーさんが壁と屋根を。
僕が目隠しの竹編の壁を。
そうして完成したテラス!
島にあるものでほとんど作り上げました。
今の生活の中では使わなくなってしまったもの、埋もれてしまっているもの、あるものを活かせばこれだけのものができるんだ。
カフェに来店された際にはぜひこのテラスも利用していただけると嬉しいです。
床はちょっとガタガタですけど、それも当時の僕を等身大にうつしだしたものですので^^
竹の涼しさ、竹の屋根から漏れてくる光のあたたかさを感じてもらえるといいなと思います!
次に家の外の壁画。
もともとはコンクリート張りの壁でした。
ここに島のおとーさん、おかーさんとの昔からの知り合い、仕事仲間のアーティスト諸戸美和子さん(以後もろさん)がこれからのプロジェクトのイメージを壁画としてデザインし、8月の猛暑と蚊の群れに襲われる中、もろさんとともにみんなでペンキをぺたぺた塗り、絵を描きあげました^^
そして完成した壁画!
あのコンクリート張りの壁がこんなに色鮮やかで、ストーリーのある壁に生まれ変わりました!
プロジェクトの象徴であるもろさんの壁画。
ほっとするやわらかさ、なんだか元気になるあたたかさがあるこの壁画が僕は大好きです。
そんな世界をこの粟島につくっていきたい^^
ちょっと長くなってしまったので今回の紹介はこのへんにしておきます。
こうやって小さな島の中で自分たちの手で何かをつくりだす中で感じることは、ひとつのもの、そしてひとりの人の大きさというものです。
限られた中だからこそ、ひとつのものをどのように活かすことができるかということが大きいし、活かすことができれば本当に大きな力をもつものななる。
島という人の少ない場所だからこそ、ひとりの人がもつ存在や力の大きさ、その人のもつ縁が大きな力になる。ひとりという存在こそが何より大事なものだと感じる。
このカフェを手伝わせてもらうなかでも足を運んでくださる方、そのひとりひとりの大きさを感じながら、大事にしながら、前につなげていけるように頑張ります!
カフェオープン期間中にちょこちょことこのブログでもカフェの様子を発信していきたいと思いますので、気にしていただけると嬉しいです。
ではまた^^
この投稿ではそのカフェについてもう少し突っ込んで書きたいと思います。
僕は今、島出身の方と、その息子さん夫婦とともにチームとしてこの粟島の中で
プロジェクトをつくり活動しています。
そのプロジェクトの一つの要としてこのカフェはあり、
息子さん夫婦がカフェの主体として、今まで外で働きながらも今回の瀬戸内国際芸術祭の期に向けて、その準備を重ねてきたのです。
あくまで利益を追求せず、現段階でできることを考えながら、自分たちの思い描くものを形にし、前につなげていくというスタンスが今回のカフェの運営方針となっています。
そこに僕はこれからのゲストハウスづくりに向けての前段階として一緒にやらせてもらっているという形になります。
これまではチームのこと、プロジェクトのことはあまり表立っては発信してこなかったので、僕のやっていることの輪郭がみえづらいという方もおられたかと思いますが、
ざっと説明するとこんなふうです。
ということで、思い描くものはどんなものか、今できることとしてどんなことを積み上げてきたのか、ちょこっと紹介したいと思います。
まずは部屋の外に作ったテラス。
テラスの床面をはるのに使ったのが、島で昔焼かれていたレンガ。歴史はなんと150年もののレンガ。
そうしてできたレンガの床面の上に、竹林から切り出してきた竹をつかって島出身のおとーさんが壁と屋根を。
僕が目隠しの竹編の壁を。
そうして完成したテラス!
島にあるものでほとんど作り上げました。
今の生活の中では使わなくなってしまったもの、埋もれてしまっているもの、あるものを活かせばこれだけのものができるんだ。
カフェに来店された際にはぜひこのテラスも利用していただけると嬉しいです。
床はちょっとガタガタですけど、それも当時の僕を等身大にうつしだしたものですので^^
竹の涼しさ、竹の屋根から漏れてくる光のあたたかさを感じてもらえるといいなと思います!
次に家の外の壁画。
もともとはコンクリート張りの壁でした。
ここに島のおとーさん、おかーさんとの昔からの知り合い、仕事仲間のアーティスト諸戸美和子さん(以後もろさん)がこれからのプロジェクトのイメージを壁画としてデザインし、8月の猛暑と蚊の群れに襲われる中、もろさんとともにみんなでペンキをぺたぺた塗り、絵を描きあげました^^
あのコンクリート張りの壁がこんなに色鮮やかで、ストーリーのある壁に生まれ変わりました!
プロジェクトの象徴であるもろさんの壁画。
ほっとするやわらかさ、なんだか元気になるあたたかさがあるこの壁画が僕は大好きです。
そんな世界をこの粟島につくっていきたい^^
ちょっと長くなってしまったので今回の紹介はこのへんにしておきます。
こうやって小さな島の中で自分たちの手で何かをつくりだす中で感じることは、ひとつのもの、そしてひとりの人の大きさというものです。
限られた中だからこそ、ひとつのものをどのように活かすことができるかということが大きいし、活かすことができれば本当に大きな力をもつものななる。
島という人の少ない場所だからこそ、ひとりの人がもつ存在や力の大きさ、その人のもつ縁が大きな力になる。ひとりという存在こそが何より大事なものだと感じる。
このカフェを手伝わせてもらうなかでも足を運んでくださる方、そのひとりひとりの大きさを感じながら、大事にしながら、前につなげていけるように頑張ります!
カフェオープン期間中にちょこちょことこのブログでもカフェの様子を発信していきたいと思いますので、気にしていただけると嬉しいです。
ではまた^^
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