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2014年2月27日木曜日

初作品→数年後

こんばんは。
ちょっとパソコンで作業しててこんな時間。

2月になって引っ越しを終えて、
いざ自分でやるとなると
なかなか思うほどきれいには進まなくて、
もうすぐ2月が終わっちゃう。
そんなきれいに進むはずがないね、人間だもの。

だけど、一人になる時間が増えて
ちょっと数年後の自分を想像してみたりする。

数年後、もし今やってることがあかんくなった自分を想像するとぞっとする。

数年後、この島、このゲストハウスに若者が集まって、心の底からすーって笑い合える、本音が素直にだしあえる、そんな場にいる自分を想像するとたまらなくなる。

それもこれも今の、目の前のことの積み重ねなんだね。
数年後、にかっと笑ってられるように。
まわりのみんなも笑ってられるように。

いまは発信を充実させるためのネットの勉強中。
Webのことなんてサッパリで、頭んなかパニックだけど、できたら楽しいもんだ^^
できることが少しづつでも増えるのはやっぱり純粋に嬉しいよね。
下の画像は画像加工ツールをいじってできた初作品。
文字を雲っぽくするっていうのをまとめた動画を見つけたから真似してみました^^
まだまだこれからだー!
がんばりますよ♪


2014年2月8日土曜日

がむしゃらさ

こんばんは。
ここんとこ寒いですね。この島でも雪が降って積もってます。
島でも雪積もるんだなぁ。

そんな寒い日々のなかで僕にも厳しい現実の壁が。
ある財団にゲストハウスをつくるための助成金の申請をしていたんだけども、
「惜しくも選に漏れる結果となりました。」っていう通知が。
「来た来た!」ってテンション上げて封筒ビリビリやぶいて開けたのに。

チームのみんなに相談してアドバイスもらって提出して、
通るものだと思ってたから、
「なんでだ!」ってしばらくなっちゃったし、
「若いもんがこういうのしようとしてるのに応援してくれてもいいよな」って思っちゃって、
どんな判断基準してるのかなとか、ダメならダメで足りんとこアドバイスしてくれたらなとか、あぁこのかんじ就職活動の選考と似とるなって感じたり。



こんなときは家の前の堤防座って海を眺める。

そしたら
まぁしゃーないよな
きっともっと面白いことしようとしてる人がおるんやろうな
自分で人に伝えるために足りないとこ考えんとな
って思える。
「やさしさに包まれたなら」の歌のなかでも
『目に映るすべてのことはメッセージ』
って言ってるしな。
これも何かのメッセージなんだろな。

そうやって考えてたら、
お金がいるとこってどこなのかをざっくりじゃなくてもっと具体的にイメージして出していかなくちゃなと思って
最近はノートにスケッチして、ネットで情報収集して、ホームセンターで実物見てっていうようなことをしてます。

そしたらまたおもしろいものがたくさん出てくる。
都知事選に出てる家入さんの渋谷ハックで応援もしてる「CHIKAKEN」っていう竹あかりをつくってる人たちを見つけて。
(CHIKAKENのホームページ→http://chikaken.com/index.html
地域にあるものや人を活かすことで地域をたてるっていう自分がイメージしてたことと近いことをもう実践してる人がいた!

こういう人たちとネットワークをつくっていけたら地域だっておもしろくなるよね。
そのCHIKAKENさんの信念ていうのが、
「誰でもできることを誰にもできないくらいやる。」
そうだな、もっともっとがむしゃらにならなくちゃ。
がむしゃらさっていうのはまわりを見ずに突き進むことじゃなくて

まずは自分やチームでできることから。自分の頭でめいいっぱい考えてまわりにあるもの、いる人たくさん吸収してそれを力にしていくことなのかな。

また日常のこと書いていきます^^
今日はこのくらいで、おやすみなさい☆


2014年1月24日金曜日

正しさなんて誰もわからん

ドラマ版「任侠ヘルパー」全部見終わった。
結果、ちょっと寝不足。
でも寝不足を超える何かをもらえるならそれはいいよね。
睡眠よりも任侠ヘルパーを体が求めてたんだもん。笑


これがドラマで放送されてた頃、たぶん中学生くらいだと思うけど、
その頃感じてたこととはまた違う感じ方をした。

「弱きを助け、強きを挫く」
このドラマのきっとテーマなんだと思うけど、
弱い人が正しくないわけでも、強い人が正しいわけでもない。

やっぱり正しさなんていうものは誰にもわからない。
誰にもわからないというか、すべての人にあてはまる正しさなんていうのはないんだと思う。
目が離せない人を身体拘束するのは正しいか、否か。
家族が最後まで介護するのが正しいか、否か。
延命治療をするのが正しいか、否か。

誰の目線で正しいととるのか。

正しさを追い求めたってきっとみんなに当てはまる答えはないんだろうな。
みんな違うんだからな。
生まれた場所、育った環境、出会った人、生きてきた時代。
立ちはだかった困難、乗り越えるための努力、挫折、そして幸せ。
何をどうとらえるかの価値観。
一人の人をつくる要素はもっともっとたくさんある。
それだけの背景をもつ一人の人が正しさを主張しても、横にいる人もそれだけの背景をもってるんだから、正しさが食い違っても当たり前だ。

だから正しさを求めて生きることはないよね。
自分なりの正しさにしかたどりつけない。
こうしなくちゃ、なんてことはないんだろう。

だから、誰もよくわからないこうしなくちゃってことにとらわれるんじゃなくて、目の前にいる人や自分が近いと感じる人をまっすぐ見れたらいいよなって思う。

「僕たちは世界を変えることができない」の映画のモデルになった葉田甲太さんは、カンボジアの人たちが自分にとっては近くに感じてほっとけない存在だからっていうようなことを言ってた気がする。
目の前にいる人、自分が近くに感じる人、人生かけて何かを共有したい人と、違いを共有して、喜びも共有できたら、それがいいんじゃないかと思う。
大多数の人が言ってるけど誰もわからないことで悩んで迷ったりするよりも、目の前にいる人に寄り添って分かち合う努力したいなと僕は思う。

弱さも強さも全部ゼロにして
主張よりも共有をめざして
「やっぱりこうしなくちゃ」じゃなくて「あの人とこういうのしたい」で動く
そんな場としてのゲストハウスをつくっていけたらいいな
って僕は任侠ヘルパーを観て改めて思ったよ。

だから明日からもまずは引っ越し作業、がんばりますよー!^^

2014年1月22日水曜日

人間味

ちょっと間空いちゃいましたが、
その間に台所とお風呂をとりあえず自分が生活できるとこまで掃除完了しました^^

そやって掃除しながら、
最近は発信のことを考えてた。
発信どんなふうにするともっといいのかなって。
これから人を巻き込んでいけたらなぁと思うこともあるし。

ネットやブログで文面だけで伝えることにはやっぱり限界があるんだろうけど、そんななかでもどんなふうに発信するとより等身大の自分に近い藤賀という人間を発信することができるのか、どんな言葉や口調だといいのか、どんなふうだと応援したくなるのか、とかとか。
自分が逆の立場だったら、これから何かしようとしてる人がいるとして、とりあえず自分に近いものが感じられたらきっと背中押してあげたくなるんだろうなって思う。
それだけじゃないだろうけど、でもそれって大きいかなと思う。
「これだけやってます」だけじゃなくって、悩みやら不安やら駄目なとこやらできないことやらっていうのが見えると、「こいつも人間だな」って近く感じると思う。
自分の人間像をもっと伝えていけたらいいんだろうなと思う。
それは仕事のなかでもそうじゃないかなと思う。甘えを生むためじゃなくて、信頼するためにはやっぱり人間味っていうのは大事なんだと思う。

そしてそういういろんな色をもつ人間がこういうことやってるよっていうのでひとつのストーリーになるのかなと思う。
そしたらそのストーリーを読んでるだけでおもしろいって人もいれば、その登場人物になったろかいって思う人も出てくるかもしれないよね。

今までも発信するときはこんなふうにやったらいいんじゃないって言ってもらってたけど、やっとピンときました。すいません。
やっぱり見直してみるとどっかうまく綺麗にまとめようとしてたりするもんね。
まだまだ先のことが見えてこないとダメだな、ぼく。

これからそういうふうに自分のこと、考えてること、やってること、やりたいこと伝えていけたらいいな。
facebookでは日常の活動の光景や内容、ふとしたことを、ブログでは一日の中で考えたちょっと抽象的な思いとかを文章にして。利用できるもの、もっとうまいこと使っていきます。

とりあえずはそんなことを意識しながら、でももっと味が出していけるように工夫しながら発信していきます。

じゃあ一日お疲れさま、ありがとう^^

2014年1月16日木曜日

掃除の中で”もの”思う

今日も昨日に引き続きキッチンの掃除。

掃除や片付けをしていていつも思うのは、ものにも本分や役割があるんだなっていうこと。
お盆にはお盆の、コップにはコップの役割、働きがある。
箸にしかできない役目がある。
その人にはそのスプーンにしか務まらない務めがある。
本来ものっていうのはそういうもんだと思う。
ものは自分の身体の延長だったり、能力を引き伸ばしたり、自分では出来ないことを補ってくれるもの。そうして生活を豊かにしてくれるもの。
だから人がもつべきもの、身の回りにおいておくものは最低限でかまわないはずだった。
だけど大量生産・大量生産がそれをかき乱した。
機能やデザインが少し変わっただけで、他の人が違うものをもっているだけで、新しいものがほしくなる。
そういう流れや流行のなかで本来ものがもつ役割を人が最大限に活かせなくなったのだと思う。
忙しさにまみれてものをちゃんと活かして手をいれる時間がなくなったのも大きいんだろう。

ぼくたちはどうしてこんなにもものを活かすのが下手くそになったんだろう。
どうしてちゃんと役目をもってるこのスプーンじゃダメになったんだろう。

ものを活かしてやるには活かす側の人もきっと自分ではできない役目をこいつに果たしてもらおうっていう感覚がないとだめなんだろう。
ものを大事にするってなかなか難しい。
けどそう思うと新しいものにぼんぼん買い換えるよりも、ひとつのものをずっと大事に使うほうが面白いんじゃないかなと思う。

そしてそうやって自分の大事にしたいものをちゃんと大事にすることができれば、新しいものを買うのに必要なお金もいらなくなる。
そしたら働く時間ももうちょっと減らせて、働き方も変えれる。
そんーな簡単にはいかないんだろうけど、自分が何に充実をおくかなんだろうな。
けどひとついえるのはきっとものを浪費するのは時間を浪費するってことなんだと思う。

自分の生活に必要なもの、自分の生活にこれがあってくれたらっていうものをちゃんとわかって、大事にしてたいなと僕は思う。
飾ってあるだけでどこに何があるのかもわからないようなたくさんのものに囲まれるよりも、自分の生活を補って豊かにしてくれる最低限のものたちに囲まれる生活。
より人間らしい生活をめざして。

掃除をしててふとそんなことを思った一日でした。
明日も引き続き、引き続き頑張ります^^

2014年1月15日水曜日

家が決まりました!

新年初の投稿。
遅くなりましたが明けましておめでとうございます。

さぁ今年は忙しくなりますよー!
というのはゲストハウスの立地が決まりました^^
家を借りれるようになりました!
今までは借りてなかったのと思われるかもしれないですけど、
そうなんです。
今まではチームの若い夫婦のお家で一部屋借りてずっとお世話になっていました。
過疎地では空き家が増えていることが問題になっているけれど、
空き家を仲介して賃貸する業者がいないことも問題なんです。
そこに住みたくて借りたくても、縁がなかったり顔が知られてなかったりするとなかなか借りるのが難しいんです。
もう長い間住んでなくて、子孫が都市部に出てたりすると、契約を結ぶのも難しい。
だけどそうしているうちに家は老朽化して住めない状態になっていってしまう。
住みたい人と家に手をいれてほしい人のマッチングが上手くいく仕組みをつくっていけるといいなと思う。

さてさて、その家の入口はこんなかんじ!
葦がトンネルになってます^^
トンネルの向こうは砂浜・海が広がってます!

家の前はどうしたろうかなぁとか
縁側どんなかんじにしようかなぁとか
この部屋どうしようかなとか
この空間に人がいるイメージをするとワクワクして止まらないですね^^
この家も一緒にチームでやってるおとーさん夫婦が住んでた家で愛着がある場所だから大事にしたい。大事につくりあげたい。家を最大限に活かしたい。
書いたような問題もあるけど、前に住んでた人の思いを継ぐことができるのも空き家の良いところだと思う。

やりたいことはたくさんあるけど
まずは自分が住んでみて、暮らしてみて、家を感じてみたい。
そのために今はキッチンの掃除から。
一軒の家を衛生的に管理するための苦労を改めて知りました。
掃除ひとつでも考えること、身につく力は大きいなと思う。
やっぱり自分の身の回りのことを大事にできる人でありたいと思う。

今月中には引っ越しができるように。頑張ります^^


年末年始とバタバタしててなかなか発信できてなかったですけど
今年もあたたかく見守ってもらえると嬉しいです^^
やりたいことたくさんあるので
やっていく姿みててください!
よろしくお願いします!

2013年11月5日火曜日

竹から生まれたストーリー

こんにちは^^
昨日で粟島での芸術祭開催期間が終わり、SILENT Cafeも一旦営業を終了しました。
あたたかく見守っていただきありがとうございました!

その営業期間中にカフェのおみやげとしておかせてもらっていた竹でつくった写真立て。
竹からストーリーは始まりました。
過疎地のいろんなところで竹の繁殖による里山の荒廃や家屋の崩壊は問題になっていて、粟島でも例にもれず竹がいろんなところで繁殖して竹林が拡大しています。
そういう状況のなかで、粟島のある地域の竹林を切り開いて、子どもたちが自然の中で自由に遊べる場となるツリーハウスをつくろうというプロジェクトを立ちあげて、夏には香川大学の学生たちが合宿で来てくれて無数の竹を切り出してくれました。
暑い中、蚊の襲い来る中、汗を流して切り出してくれた数えきれないくらいの竹を、なんとか活かせないかと、放っておくと邪魔になってしまうものでも価値あるものにできないかと考え出したひとつが、この写真立てでした。

そんな粟島でのストーリーをもつ竹でつくった写真立てを、
今回芸術祭をきっかけに粟島に足を運んで、SILENT Cafeで時間を過ごしてくださったお客さんがそのストーリーを引き継いで、島の空気感とともに持ち帰ってくれればなという思いでつくらせてもらいました。

そうしてこの期間中に11個の写真立てが、12人のお客さんの手に渡っていきました。
写真立てお持ち帰り第一号のお客さん。「あぁいいねぇ」としきりに言ってくれて。

大学の先輩も持って帰ってくれました。「とうがくんのがんばりを」と^^

遠距離中の素敵なカップルさん。一緒に写真を撮ってもらう時「真ん中にどうぞ^^」って言ってくれたけどさすがに。笑
宇田津っていう結構離れたところから粟島まで自転車で来られたという元気なおっちゃん。「ええみやげになるわ」ってすごくあったかい笑顔で。


2回もカフェに来てくれたおばちゃん^^1回目は僕の説明が下手すぎて「展示だけで買えないんだ」と勘違いさせてしまったけど、もう一回来てくれて「今度こそは!」っておみやげにしてくれました。たくさんアドバイスやアイディアもいただきました。もっといいものをつくっていけるようにがんばりますね!

おみやげにしてくれたすべてのみなさんとは一緒に写真を撮ることができなくて残念だけど、
チェキでその場で写真をとって写真立てにつけると喜んでくれた姿、
いいねってがんばってねと言ってもらった言葉、
みなさんの笑顔、
しっかり心に刻んでるので、
それがこれからの力になりますので^^


今回のカフェでは写真立てをおみやげにという形でひとつの試し打ちとしてやってみたけれど、
これからつくっていくゲストハウスはそうやって島にあるものを活かして構成していきたいと思ってます。
「あるものを活かす」ということをひとつの柱にして。

昔は、今でも小さなところではあるけど、そんなふうにいらないものでもなんとか利用して生活の糧にするようなそんな知恵のある生活がなされてきた。
そんな生きていく、生活していくための知恵があれば、それほどお金をかけて消費しなくても自分のライフスタイルがつくれると、この島に来てここまでたくさん教えてもらっていろんなものをつくってみて、思う。

そうやって一見無いものの多いように見えるこの島であるものを活かしていくというのがひとつの活性化の形ではないかと思う。

この「ものを活かす」ということと、僕の最大のテーマである「人を活かす」というのがゲストハウスの二本柱。

カフェオープンを終えて、この1ヶ月学ばせてもらったこと、感じたことを糧にしてこれからのゲストハウスづくりにつなげてどんどん動いていきます!
まだまだ先は長いけどこれからも見守っててください^^