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2013年4月25日木曜日

自分の武器

僕が最近畑で草を抜いたりしながら考えてること。
それは
「自分の武器になるものってなんだろう?」
ってこと。

「自分の武器は何ですか?」
って自分にずっと問いかけてる。

僕は文系の学部出身で理系の人たちみたいに何かスキルを持ってるわけでもない。

就職活動をしていた時、自分の強みとか自己PRとかいろいろ言ってて
それは抽象的なもので
自分の芯として大事なもの、
自分の働き方の中でずっとそれはぶれずに持ってたいものではあるけど
ビジネスとして、具体的に形として何かを生み出す力とはまた別の気がするんだ。
いや、別なのかなぁ?


僕は昔から自分には何ができるんだ、自分はこの場に必要なのかと
一人思うことが多くて
だから人の顔色を気にしてばかりで
だから何も言えなくなって自分の中にしまいこんで
そこからの劣等感みたいなものが大きくて。
自分の存在の意味をずっと知りたくて感じてたくて。
ひとはみんなそういうものをもってるんだと思うけど
だから人とつながって自分のことを認めてくれてそんな人と一緒に笑ってられる時間が
僕にとっては何より大切なもので。
だから僕は人とつながって、ほんで人をつなげていきたいと思うんだ。
そんな場を、空間をゲストハウスという形として表現していきたいんだ。

自分のことをざっくり辿ってみて、
僕にとって手に入れていきたい、いちばんの、ほんものの武器っていうのは
「人」なんだと思う。
これを読んでくれてるようなみんななんだと思う。
自分の中にある劣等感とか、そういう感情からだって手に入れたい武器はみえてくるんだなと僕は思う。
もちろん僕の描くゲストハウスをつくりあげるには
たとえば工具を扱うスキルとかのような具体的な武器だって必要だ。
だけど自分の生き方のひとつのあり方としての働き方っていうものに
味や色を出していくにはそういう具体的な武器だけじゃ足りないんだろうな。
そういうスキルを持ってる人はざらにいるもんね。

毎日ものづくりをやったり畑仕事をしたりするなかでもスキルは身についていくし
でもほんものの武器として手にれていきたいものは見失わずにいたいと思う。
「人」を思いながら毎日のことをやっていくことで、ただのスキルにしないこともできるはずだし。

人や人の力という武器をこれからの中で最大限活かせるように、おもしろく形に落としこんでいけるように努力していきます。
その一つとしてこうやって発信すること、大事にしていきます。

今日は自分のこととか、感傷的なこととか混ざっちゃいました><
ありがとうございました。

2013年4月23日火曜日

フリーであること

もうすぐ島に来て1ヶ月。
1ヶ月なんてあっという間でした。
思ってた以上にあっという間でした。
僕は今は会社に勤めることもなくフリーな状態ですが
フリーって時間があるようでなかなか無いものなんだって
そういう状態になってみて初めてわかりました。
人から指示をされて淡々とやるべきことをこなす時間っていうものが無くって
だからこそ
ひとつひとつのことに意味を自分なりに感じ取って、
意味づけした時間にしていかなくちゃ
会社や組織に属してる人と同じ土台に立つことができないし
新しいものをつくっていくこともできないから
だから時間に対する負荷は人並み以上にかけていかなくちゃならない。
だから時間が過ぎていくのが早いって感じるんだろうなと思います。

だけどもっと島に来る前にやりたいこととか課題とか考えておけば
この1ヶ月ももっと濃く出来たんだろうなとも思うし
まだまだ現実に形にしていく過程を
具体的な行動に落とし込んで考える力は足りないなって思う。

何より情報に対するアンテナの張り方が甘かったなって痛感してます。
知らないことには、考えることさえできない。

だから知らないこと、わからないことは
「聞き流さない・聞き逃さない・聞き漏らさない」
っていうテーマを僕は今ほんとに大切にしてます。
「はい、はい」ってわかるふりして優等生ぶっててもわからないままだし、
自分に向けてエネルギーを割いて話してくれてる人に対して失礼だと思うから。
そうやって食らいついてでも聞いてくる若い子のほうが手がかかっても面白いって思うだろうし。
それは僕のような状態であればなおさら強く求めていかなくちゃいけない。

そうやってひとつひとつ知ったこと・感じたこと・考えたことを積み上げて、
そこからまた人と話ができるようになって、
自分の体をつかって形にして、
そしてまたわからないことを見つけて、
そういう試行錯誤を繰り返して
積み重ねていく一日一日を大切にしていきます。

2013年4月22日月曜日

日々ものづくり

僕はいま、ものづくりの修行中です。

自分の部屋の床はりから始まり、棚やテーブル、カウンター、縁側まで、横について教えてもらっています。

電動のこぎりを使ってみるけどなかなかまっすぐに切るのは難しい。
ドリルで穴をあけるにも接続を考えなきゃネジをさしてもきかない。
ドライバーをまわし続けてると腕は筋肉痛。
ドライバーひとつでも力加減しないとネジ穴が潰れてしまう。

でもそうやって不器用にも自分の手でつくったものっていうのは
愛着がわくんです。
ひとつひとつ切ったもの、穴をあけたものが組み合わさって形になっていくのを見ると
楽しいし嬉しいんです。
自分の手で何かをつくりあげていくことの楽しみはやっぱり尽きないです。
それは何にしてもそうなんだろうと思う。
料理にしても絵を描くにしても音楽にしてもプロジェクトにしてもイベントにしても。
だけども今はいろいろと便利になってるから、効率が良くなってるから
料理も既成食品を使ったりしてちゃちゃっとできちゃうし
コンピューターや機械が人の代わりにやってくれるし
そうやって大量に生産されて僕たちは大量に消費してる。
その中で失くしてしまってる楽しみや想いや生きがいはたくさんあるんだろうなと思う。
だけど僕は自分の手でやる実感や楽しみは味わってたいなと思う。

そこにまたいろんな人が交わるともっと楽しいんだろうなって思うから
僕は僕で今はスキルを身につけていきたいと思います。
料理もつくってくれる人がいるからおいしさが増すし、
食べてくれる人がいるから今度は何つくろうとか何を混ぜようとか考えて楽しくなるよね。
一対一だけじゃなくて、つくる人も「わたし材料を切る人」「僕煮込む人」「じゃあ俺盛り付ける人」、みたいにいろんな役割ができるともっと楽しくなるし。

そうやってつくってるひとが実感や楽しみ、愛着を感じ、届けたいひとの顔を想像しながらつくったものを
いろんな人がつくってる人の顔や想いを思い浮かべて手にとる、
そんなふうにものが人の間を行き来するようになるといいなぁ

と思いながら修行にはげむ毎日です。




2013年4月19日金曜日

僕達の選択

いきなりだけど、今日は真面目な話を書きますよ!

僕、こっちに来て最近『FOOD,INC.』という映画を観たんです。
どんな映画か、
簡単に言うと、
アメリカの食品がつくられる過程を追いかけたドキュメンタリー映画で、
内容を僕が一度観たかんじでざっと言わせてもらうと、
農業や畜産業が工業化していて、工業化するというのは効率化が図られるということで、

例えば従来の2分の1の期間で食肉用の鶏を2倍のサイズに育て上げ、ただその結果鶏は少し歩くだけで脚の骨が折れてしまう、

例えば肉牛を、従来牛が食べるはずのないコーンで育てることでコストはカットでき、安い牛肉を食べられるようになるが、その反面牛がコーンをうまく消化できずO-157に感染し、その感染した肉が大手メーカーの食品となり人にまで感染してしまう、最悪の場合死に至る

そんな現実をクローズアップし、
農家に対する大手企業の圧迫、企業と政府の癒着、食品工業のネットワーク化によって成立する安価な食品、
というように食品の背景から消費者に届くまでの流れをリアルにドキュメントしている、そんな映画でした。

そんな食品を食べることで人の身体にどのように影響するのかということももちろんだし、
効率の良い大きなシステムの中で、小さな、でも大事なことが見えなくなってしまっているということもそうだし、
僕にとって何より衝撃だったのは、そういう効率化が図られる中で、牛や鶏が命あるものとして扱われていないということでした。
小さな小屋の中でギュウギュウづめにされ、排泄物も処理されず、人間の勝手で成長速度までコントロールされる。

そんな”食品”を「いただきます」と言って食べ続けていくのか、僕達人間は・・・、

と思うのです。

どんな気持ちで「いただきます」って言ったらいいんだろう、と思う。

そうは言ってもスーパーには四季感のない野菜が並んで、きっとそんなふうに育てられた肉も中には並んでいて、
でも何も知らずに今までは手にとっていたし、
マックだって食べるし
ケンタッキーだって食べる。
これからも絶対に食べないなんて言い切れない。

だけど、この映画の最後にも言っていたことだけど、
これからのことは
僕達の選択で変わる
と僕は思う。
毎日ちょっとずつでも変わるだろうし
自分の選択を変えていくしかしか方法はないんだろうとも思う。
自分たちはこれから何を選んでいくのか、
自分たちのこれからをどうしたいのか、
自分たちの子供たちには何を残したいのか、
それを軸にした選択という意志で表していくしかないと思う。
自分の意志が通りにくい選挙と違うのは毎日の生活の中でできるという点。
毎日僕らは何かを食べる。それは自分の選択次第。
選択するには知ることが必要で、知らないことをまず知らなくちゃいけない。
そのためにはアンテナをはらなくちゃいけない。
でもそれは今の時代ならtwitterでもfacebookでもなんでもはれるよね。

僕は、僕が思っていたより今はひどい現実があるんだと感じた。
だけど抜け道がないとは思わない。
僕は今思い描いてることを形にするという方法でつくっていきたいと思ってます。
僕はそういう選択をしました。

今日はこういう内容で書いちゃったけど、僕はこう思っててこういう選択をしたし、それぞれがそれぞれにとってベストの、気持ちの良い選択をするのが一番だと思ってます。
みんなの選択肢がもっと豊かになると楽しいなぁって思うので僕はこういう発信をしてるし、し続けようと思ってます^^


*興味を持った方どうぞ!
『FOOD,INC.』
http://www.cinemacafe.net/official/foodinc/



2013年4月18日木曜日

島での一歩

久しぶりのブログ投稿です。
四月から島に移り住んでから、初めての投稿です。

僕は元気です!^^
島での時間っていうのは思ってたより早く流れるってことを知りました。
ここまであっという間でしたよー

もっと早く発信出来ればと思ってましたが
ほんでやっとネット環境が整って利用できるようになりました。
島は光回線も通っていなければ、最新のwifiルーターも使えないんです。
そんな中で日本ではもともと国営の電話会社だったdocomoの電波が一番普及していることをこっちに来て初めて知りました。
最新の4GやLTEの通信は一定の通信料を超えると通信制限がかかって速度がガクンと落ちることも初めて知りました。
なぜそうなっているのか、そういうところから今の日本の企業の体質も少し知りました。

何が言いたいかって、
自分で地に足つけてやっていくっていうのはそういうことなんだなということ。
知らないこと・わからないこと・できないことをまずは知って、そこへのアプローチを知っていくことが必要だと。
僕は今お金があるわけじゃないし、これからに向けて資金を貯めていかなくちゃいけないのもあるから、そういうことまで知らないといけない。
お金があればそんなこと知らなくても知らないままできるし、お金がよく回っているところはそういうものがちゃんと整えられてる。
だけどこういう場所に身をおいて、どうやりくりするかを考えて、
そして知らないこと、今までの生活では知る必要もなかったようなことを知って、
そこからその背景まで見えてきて、考えるようになる。
そうして自分のこれからのあり方に対する考えもまた補強されたり修正されたりする。
僕の場合は生活というところからだけど
いろんなところから自分が知らないことやわかってないことは知ることが出来る。
それを求めるか否かはそれぞれだけど、僕は、もっと知りたいと思う。
ひとつはまだまだ新しい土地に来て、新しい生活を始めて、ここで”生きてる”っていう実感がわかないから。
ひとつは僕は自分やその周りでできることを広げていきたいと思うから。

これからは、僕は”主体性”がひとつキーワードになると思ってる。
社会や世界が目まぐるしく変化しながらまわっていて、地震も頻発してて環境がどうなっていくんだろうという不安がある中で、
そんな外の状況に左右されないような、もし社会の大きなシステムに何か変化が起こったとしても巻き込まれないような、そんな状態をつくっておきたいと思う。
そんな自分たちのテリトリーをつくっていきたい。
だから自分の手を動かして、自分の足を使って、自分の目で見て、自分の頭で考えて、自分の心で感じることを大切にしていきたいと思う。

そんなことをただ言ってるだけじゃ具体性のない妄想に終わっちゃうから、
だからまずは自分自身の生活のことを知ることから始めてる。
そうやってまずは生活を整えて、人と関わって、仕事を始めて、責任あるものを担いでいけばこの場所に根をおろしていけるんじゃないかと思ってる。

こうやってひとつひとつ自分なりの意味付けをしていければ
これからやっていくことの糧になる。
これからやっていくことにつながっていく。
僕はそんなふうに一日一日を積んでます。


これからはもっと頻度多く発信していくので島からまた違う空気を送り込めたらな、と思ってます^^



2012年11月9日金曜日

「顔のみえる関係」

自分の今の頭の中を整理して残しておくために、またブログの投稿という場をかりて、書かせてもらいます。

僕は今まで、この「OUR SHIMA PROJECT」において「場づくり」をしたいという思いをもって、考え、動き、たくさんの人を巻き込んできました。
その「場づくり」において二つの大事なキーワードが僕の思いにはあります。そのうちのひとつが「顔のみえる関係」です。

人が都会に出てきてたくさんの人がひとつの場所に集まるようになったけど、顔見知りは少ない。あいさつできる人もあまりいない。話してても表面的。
でも、ネットワーク環境の整備によって人々はインターネットを利用し、あるいは携帯電話によって、格段に人とつながりやすくなりました。facebookで知り合いとコンタクトをとり、近況を知ることができる。twitterでは会ったこともない人、ともすれば有名人・著名人とも知り合いになり、つながっているような気持ちになれる。(もちろん使い方は人それぞれで、情報収集のために使っている人もいると思います。)
一方で、「無縁社会」と言われるように孤独死する高齢者の方がいて、悩みを打ち明ける相手がいなくてひきこもりってしまう方がいる。(それは個別の問題かもしれないし、それだけで危機感をもつのは短絡的かもしれないですが。)
リアルとバーチャルが交差して、リアルが見えなくなって、バーチャルが本物みたいになってきて、そんな僕たちの間の「つながり」の距離感が微妙になってきて、不安定になっている中で、2011年3月11日の大震災が起きた。あの震災のころ、ある時新聞の一面を見たんです。そこには被災して亡くなった方の名前が書かれてました。その中に0歳の赤ちゃんの名前が書かれてたんです。僕にとって、それがものすごい衝撃的というか、うまく言葉で言い表せないですけど、心にガンときたんです。被災地には子供を亡くした親がいて、親を亡くした子がたくさんいる。それもなんの言葉も残せずに突然・・・。
それが僕にはずっと残ってて、ほんとにせめて顔のみえる範囲の人は大事にしたい、精一杯向き合いたいって強く思ったんです。なのに僕らは、いや僕は顔のみえないところで言葉をつづって、つながってる気になってた。誰かに好きな気持ちとか、腹が立つ感情とか、悲しさとかをぶつけて、それでちゃんと伝わるんだと思うようになってしまってた。でも、実際会うと、そっけなかったり、なんかメールと雰囲気が違うって感じたり、ちゃんと言葉にしなくちゃいけないことを言葉に表して伝えられなくなってた。リアルな場がだんだん希薄になってる気がしてた。本質的につながろうっていう空気が薄くなってる気がしてた。こんなんで僕は活きた関係をつくれてるのか、僕自身活きてるのか、そう思うんです。
もちろんメールがあって良かったって思うこともあるし、facebookだってすごく面白いと思う。だけど、それが人とのつながりの主要な位置を占めつつあることに僕は違和感を感じるんです。実際に人といる場で、みんながみんなに対してそうなる必要もないだろうけど、でもいつも一緒にいる人とは薄っぺらい付き合いとかもうあきあきで、ちゃんと向き合いたいんです。
そうじゃなくて、やっぱり顔のみえるなかで、相手と精一杯向き合って、相手の思ってることに少しでも近づけるように努力する、そんなつながりが僕はほしい。そんな関係を僕は築いていきたいし、必要だと思ってる。そこでは言葉がすべてじゃないだろうし、いろんな表情が見える。想像する。思いやる。時にはぶつかる。そうやって関係を築いていくことに僕は「活きる」を感じ、「生きる」を感じるから。
そんな「顔のみえる関係」を僕は島という限られた空間の中でまずつくっていきたい。島のおじいちゃん・おばあちゃん同士が、島を訪れた若者同士が、そしておじいちゃん・おばあちゃんと若者がそんなふうにつながれる場をつくりたい、そんなふうにつながることでそれぞれがもっと活きるんじゃないか、そう考えてました。具体的には、公民館・ゲストハウス・カフェ・居酒屋・ライブハウスなどいろんな要素を含んだ場にしたいと考えていました。

だけども、僕は、島の人とまだまだ「顔のみえる関係」がつくれてないなかでこんな絵を描いてました。
自分のなかで思い描いた人のイメージの中で場づくりを考えてました。
まだまだ島の中の人の関係を知らないなかで、こんな場ができると面白いんじゃないかって考えてました。
全てが的外れなのかはわからないけど、人が活きるような場をつくっていこうとするのに、十分に島のことを知れてませんでした。
外にいる僕らには「つながり」というのがとても重要なものとして映るけど、島の人にとってはどうなのか、それを想像するだけでなくもっと知ることが必要だと痛感しました。
それを今日卒論の中間発表の場で思い知りました。
今さらなのかもしれないけど、でもここで気づけて、実感できてよかったって思えてます。ここで気づくのとそうでないのとでは方向性が全然違ってくるから。
僕はやっぱり進みながら、頭を打ちながらでしかやっていけない人間なんだろうな。
でも机の上で勉強してるだけじゃなくて、実際に動くからこそ頭打ったっていう感覚もわかるんだろうし、価値が生まれるんだろうし、重みも出てくるんだと思う。そう信じてます。
でもこうやってまた気づけたのも、やっぱり周りのたくさんの人がいてくれるからです。やっぱり人なんだと、僕は思うわけです。

2012年10月5日金曜日

OUR・SHI・MAP

OUR・SHI・MAP、このマップは9/24~26まで企画した「夏の終わりの大作戦」で一緒に粟島にいったみんなとつくったものです。
この三日間で何か形に残るものをみんなでつくりあげたい、ここで何かの縁で出会ったもの同士が何か形を、目にみえないものでつながった同士が目に見えるものを残せたらと思い、その中で浮かんだのがマップでした。
いま、粟島には行政がつくった島の全体図がわかる地図があり、写真もまじえ、俳句もいれるなど工夫してある。だけども、ぼくはもっと手作り感のある地図があると、手にとったときあったかみがあるし、島のイメージをより伝えることができるんじゃないかと思い、また、僕たち若者目線、よそ者目線から見た粟島の良さを伝えるものがあってもいいんじゃないか、そんな地図があると、若者にとって近づきやすくなるんじゃないかと思ったのです。そして0からマップをつくっていく、0から良さを見出し島を発信していく、そんなOUR SHIMA PROJECTのひとつのベースをつくっていきたかったのです。
見てもらうとわかるように、まだまだ島全体を把握できるものではないかもしれません。今までの島の見かたとは違うものになっているかもしれません。でも、それがこの三日間で僕たちから見た、僕たちが感じた粟島でした。瀬戸内海を一望でき、上を見上げれば真っ青な空一面の山の頂上にハンモックがあると「空を飛んでる感覚」になれるんじゃないか、鬼しゃちほこなんてほんとはないけど、ある角度から見るとそんなふうに見える、その角度を探して写真を撮るスポットっておもしろいんじゃないか、などなど、ほんとにみんなの感性、個性がいっぱいつまったマップになってます。こんなふうに、たとえば立派な観光名所がなくても、そんなの作らなくても、面白さはつくっていける、いや見つけていけるんだと思うんです。それこそがそこにしかないもの、そこだからあるものなんじゃないかな、と僕は思います。その走りとしてのこのマップが僕は大好きです。大切なつながりのみんなとつくった、僕にとっての大きな財産です。
そして、僕はいずれ、このマップに人を入れ込んでいきたいなと思ってます。例えば、島のここにはこんなおばあちゃんが住んでて、料理が好きで、訪ねてみたら一緒にごはんが作れるよ、とか、ここのおじいちゃんは釣りが好きで、釣りに誘うと島の隠れ釣りスポットを教えてもらえるかも、とかそんな、人が、つながりができるかもしれないっていう期待や可能性が、見えるマップにしていきたいんです。人が目的になるようなマップを作れたら、と思うんです。そして、マップを管理する僕だけが情報を発信できるものではなく、島の人々が例えば「煮物たくさん作っちゃったからおすそわけするよー」っていうような発信ができるようなものにできればな、と思ってます。閉ざされた島のなかからも情報や思いを発信できれば、もっと人は活きるんじゃないかと思うんです。そのためにはいかに信頼関係をこれからつくっていけるかになるけど^^これをWEB上でもできたらな、と思ってます。
プライバシーとかいろんな問題があるだろうけど、島の外と内の目線から一緒につくるマップができると、ほんとに面白い、生きたマップができるんじゃないかなぁ、と僕は考えてます!

そんな夢でいっぱいのマップづくりのベース、「OUR・SHI・MAP」。ぜひ見てみてくださいよ^^